土手には四季があります。野焼き、草刈りなど人の手による「撹乱」もあります。その中で知恵を絞り、必死で環境に適応している植物たち。「たかが雑草」というけれど、その生の営みから、私はたくさんの感動をもらいました。 河口周辺の土手には、珍しい外来の植物が根を張り、また既に侵入を果たした草が、風景に違和感なく定着しています。 ここでは、季節とともに進行するライブな草花の姿を紹介しましょう。 1年を通して土手に生える植物の姿を紹介しましょう。 あなたに身近な雑草が多く登場します。 私はスポーツ用の自転車に乗り始めて40年にもなります。14万km、地球4周走破しました。最近は主に荒川の土手などで汗を流しています。河口から岩淵水門間の20kmがいわゆる荒川放水路で下流域。この河口に至る河川敷を、カメラ(*)を片手に年間150回程度走るようにしています。 *携帯するカメラはRICOH Caplio R8です。接写性能もよく、クリアーに映ります。 早春編 野焼き 1月20日、荒川河口土手で野焼きが行われていました。これまで、地上部を枯らさず頑張ってきた草々は、枯れ草とともに焼かれてしまいます。 しかし、土に埋り、じっとしていた種子はこの野焼きを待っていました。野焼きは枯れ草など発芽の阻害になっていた草を一網打尽にします。まずは、地下茎を張るヨモギやギシギシ、アカツメクサやシロツメグサなどは、地上部が焼かれてもすぐさま茎を立ち上げ、葉を広げようとします。 早春到来・ 2月中旬、堤の公園空間に植栽されていたカワヅザクラが開花し、3月5日、満開のサクラを見ることができました。早春到来です。 シロツメクサとアカツメクサの早春 寒さが厳しくなる12月中旬から1月にかけて、これまで頑張って緑を保ってきた土手の草は枯れ草色に変わっていきました。しかし、土手ではまだ緑を維持している草がありました。シロツメグサやアカツメグサです。自分より草丈が高い草が枯れてしまうこの時期が、光を精一杯受けるチャンスとみているのでしょうか。よくぞ寒さに適応したものです。 シロツメクサとアカツメクサもマメ科 の植物です。ヨーロッパ原産で、日本に渡来したのは江戸時代。花を乾燥させてガラス器などの詰め物にしたものから発芽したといいます。クローバーと呼ばれ、親しまれています。ヨツバのクローバーはシロツメグサに出ます。 野焼きから1月半、草丈は短いが花を再び咲かせ始めました。 アカツメクサは牧草として導入されました。シロツメクサとともに日本全土に幅広く定着しています。図鑑を見ると開花時期は5~10月とあります。しかし、土手ではほぼ一年中咲いています。葉の腋に多数の花が密集して、頭状に集まります。近づいて見るとたいへん美しい。 シロツメクサとアカツメクサも地表やそのすぐ下を匍匐する地下茎で勢力を伸ばします。野焼き後いち早く咲かせることができたのは、この地下茎のお陰でしょう。 普通植物は移動できないといわれますが、シロツメグサは日陰になると葉を枯らし、光の当たる方へと地下茎を伸ばし、根を張っていきます。そして葉を展開し、花を咲かせます。植物も移動するのです。 両者とも痩せ地でもたくましく育ちます。マメ科植物は根粒菌という土壌微生物と共生し、根に根粒を形成し、大事な肥料分、窒素を供給してもらっています。窒素の少ない痩せた土地でも生育ができます。 冬から早春に咲く セイヨウタンポポとオニノゲシの作戦 セイヨウタンポポ キク科タンポポ属。草丈が低く、種子が小さく、この外来のタンポポは生育競争に強くありません。都市の他の草は生育できないところに進出したり、様々な生き方の工夫をして分布しているのです。 セイヨウタンポポは刈り取られても、地下の根に貯蔵した栄養分を使って葉を伸ばします。土手での野焼き後、地下の根に貯蔵した栄養分を使って、すばやく花茎を伸ばし、いきなり花を咲かせました(写真下左)。すっかり開ききった花(写真右)にハナアブが訪れていますが、実のところ、昆虫の世話になる必要がありません。単為生殖といって、雌が雄にかかわることなく、花粉を受精せず種子ができます。野焼きで自分より背丈の高い草がいないこの時期は絶好の繁殖機会です。いち早く花を咲かせ、大量に種を撒くにかぎります。 オニノゲシ 真冬に咲いていたキク科ノゲシ属のなかま。野焼きの後、再び茎を立ち上げ、草丈が30cmほどになりました。そしてまた花をすばやく咲かせています。 オニノゲシはやはり、ヨーロッパ原産の帰化植物です。茎は太くて中空。草丈が1mほど伸び、春から夏にかけて多くの花を咲かせるのですが、真冬でも開花します。花は舌状花という花の集合体です。上の写真を見ると舌状花は外側から開いていくようです。 一年中花が咲くということは、オニノゲシは1年中の同時期に成長途上、開花時期、種子の散布時期などさまざまな成長段階のオニノゲシがあることになります。競争相手の草に負けないためには、常に環境に左右されず、種子を撒き続けるほうが有利です。 もともと、草丈の低いセイヨウタンポポは競争相手がいないこの時期、とにかく花を咲かせ、種子を散布させる工夫をしてきました。「冬に咲く」、「1年中咲く」ことは帰化植物が生き残るための作戦の一つでしょう。 帰化植物は、原産地を離れ新しい土地で生きていくため、大量に種子を散布させること、短期間に急成長すること、冬でも花を咲かせ果実を生産することが有力な作戦となっています。 早春の土手 枯れ草色が支配的だった野焼き後の河川敷はだいぶ緑色が増えてきました。しかし、流路に沿った空間は枯れ草色になっています(写真上左)。ここは野焼きが行われず、草丈の高いセイタカアワダチソウ、オギ、メマツヨイグサ、アレチハナガサ、オオアレチノギクなどが枯れた茎を残しているからです。それらが陽光を遮り、他の草の発芽を抑えています。またセイタカアワダチソウなどは根から忌避物質(アレロパシー)を出し他の草を排除していたこともあるのでしょう。分け入っても緑の草はほとんど見られません。 ところが野焼きされた土手上はほぼ緑に覆われています(写真上右)。草原の遷移(植生の移り変わり)が撹乱され、早春は草丈の低い草の天国になっているようです。そして競って花々を咲かせます。よく見ると、目立たない雑草がたいへん魅力的な花を咲かせています。 コバルト色の輝き オオイヌノフグリの隠れ技 一向に春らしい暖かさがない3月下旬、土手のあちこちに小さなコバルト色の花が咲いていました。オオイヌノフグリは、ヨーロッパ原産の帰化植物で、ゴマノハグサ科クワガタソウ属です。全国に広がっていますが、アスファルトの多い街には進出できていないといわれます。しかし、ここ東京では荒川土手に進出しています。花期は3~5月、春の訪れを感じさせる草花です。「フグリ」とは陰嚢の意味ですから、名は果実の形からつけられました(写真上右)。 オオイヌノフグリは、秋に芽生えやがて高さ数cmほどに生長しますが、冬には花芽を付け、冬の寒さに耐えながら、春早く直径1cmに満たない可憐な花を咲かせます。1日花で、朝に開いて夕方には閉じて落下してしまいます。花には4枚の淡い青色の花びらがあり、花冠の1つがやや小さいのが特徴です。2本のオシベが真ん中のメシベから離れて立っています(写真上左)。多くの植物の花にはメシベは複数本ある。ビョウヤナギの花ではオシベは200本を超えるそうです。植物が種子をつくるには、多くのオシベを持ち、たくさんの花粉をつくるほうが有利です。ところがオオイヌノフグリは、オシベがたった2本しかありません。それなのに100%種子ができるといいます。写真上右の花の青い葯(花粉の袋)が付いたのがオシベ2本で、お互いに離れています。虫がほかの株から花粉を運んでくれるのを待っています。ところが、夕方この花が萎れる頃になると、オシベとメシベが寄り添ってくっつく。もしこのときまで他の株から花粉がメシベに運ばれていなければ、これでタネができます(写真上右)。 できれば、自分の花粉を自分のメシベにつけてタネをつけることは避けたいのです。自分と同じ性質の子孫が残りますから、隠されていた悪い性質が出てくる可能性があります。強力なウイルスに感染したら全滅の恐れもあります。オオイヌノフグリの花の最後の隠れ技です 早春の装い ヒメオドリコソウ イネ科草の葉を押し分けて、今年もヒメオドリコソウが咲きました。シソ科オドリコソウ属で、明治時代中期にすでに東京に侵入しているのが確認されているそうです。3月から比較的長く咲き続けます。葉が赤紫色を帯びて、温かい感じのする草花です。淡い紅色の花は唇形花といいます。下唇の花びらが前に出て昆虫が着陸できます。蜜のありかを知らせる濃い紅紫色の斑紋もあります。早春、花粉を媒介してくれる昆虫は少ないのです。ヒメオドリコソウは昆虫の訪れを装って待ちます。 ホトケノザ コンクリートの護岸の隙間にホトケノザ枝分かれして広がっていました。ヒメオドリコソウと同じなかまで、名は花を立てている葉を仏様の台座に見立てたものです。花期は3~6月と長く、花は赤紫色で細長い唇形です。よく見ると美しい花で、やはり昆虫を呼ぶ装いをしています。蕾のまま開かず自家受精する閉鎖花が混じります。他の株の花粉を受精して遺伝子の違う子孫をつくるとともに、念のためクローンをもつくっています。 ナズナ アブラナ科ナズナ属で春の七草のひとつナズナはこの時期、土手に群落をつくります。別名はペンペングサ。果実の形が三味線のバチに似ることからこの名があります。茎は直立して、高さは50cmになります。 花期は長く早春から6月まで咲きます。花は次々と咲き、下の方に果実が次々と形成されていきます。「とにかく果実をつくろう。そして、どんどん花を咲かせ、また果実をつくろう」という意欲に満ちた生き方です。4弁が十字形に並んだ白色の花は上から横に向かって開き、様々な昆虫が訪れやすい咲き方です。美しさとたくましさを併せ持った早春の花です。 以下、「春編」へ続きます。 参考図書 山渓図鑑『野に咲く花』、『日本の野草』小学館、 『花と葉で見わける野草』 多田多恵子『したたかな植物たち』
by seppuka
| 2023-02-01 08:07
| 連載 土手の草花
|
Comments(0)
|
ファン申請 |
||