見晴十字路から見た至仏山方向の風景です。湿原は枯れ草色一色に見えます。尾瀬ヶ原は南西の至仏山と北東の燧ケ岳の間に広がる湿原で、周囲は樹木に囲まれています。 この日は見晴十字路から東電小屋、ヨッピ吊橋コースをとり牛首分岐、山ノ鼻を目指します。まずは山裾近くを歩くことになります。湿原を囲むシラカバ林へ接近していきます。 新緑が白い木肌とマッチして、シラカバ林が屏風のように広がっています。シラカバ(カバノキ科カバノキ属)は典型的な陽樹で、日当たりがよければ土壌条件があまりよくなくても進出します。 ところが湿原ではぴたっと進出を止めます。湿原には稀にシラカバの木が見られますが、栄養条件が悪いのか、元気がありません。植物遺体からできた湿原では根を張ることも難しそうです。 シラカバは湿原への進出はできず、結局湿原を取り巻くようにグリーンベルトを形成します。枯れ草色の湿原を柔らかい緑の色添えです。 シラカバはかなり標高の高い高原などで生育しますが、亜高山帯では見られません。尾瀬では標高1400メートルは限界に近い標高です。 亜高山帯では、シラカバに代わって同じ仲間のダケカンバ(カバノキ科カバノキ属)が出現します。シラカバとダケカンバが同時に見られることから、この地が高原地帯と亜高山帯の境目にあることが分かります。ダケカンバの冬芽が開きつつあり、赤味を帯びています。湿原を取り巻く春の風景です。 雪解け水を集めて川が流れています。急激な推量の増加で、このあたりの風景は一変したことでしょう。これも尾瀬ヶ原の早春から春の風景です。 雪解けに合わせたのでしょうか、川辺には、オノエヤナギ(ヤナギ科ヤナギ属)が満開の花を咲かせていました。オノエヤナギは亜高山帯まで生育するヤナギです。ヤナギは雌雄異株で、雄株が雄花を一杯に咲かせます。 雄花序は日が当たる側の花が早く咲いていくので湾曲しています。雄花の裂開まえは葯の先端が紅色を帯び、早春に咲く喜びを表現しているように見えます。尾瀬ヶ原を取り巻く自然も春を迎えています。 ヨッピ吊橋を渡り、再び湿原の中心部を歩いていきます。山の栄養を含んだ水が流れる低層湿原にはミズバショウだけではなく春の彩がありました。 北海道にも生育するエゾエンゴサク(ケシ科キケマン属)は湿地を好み、尾瀬ヶ原でも花を咲かせています。薄い青紫色が爽やかです。花の先は唇状で、基部は蜜のある距となります。この時期、距に体を突っ込む昆虫が訪れるのかと余計な心配です。 高山にも咲くタテヤマリンドウ(リンドウ科リンドウ属)の花は小さく2センチあまり。だからこそ、この可愛くも美しいリンドウを見つけると感動します。 雪解けの時期に枯れ草の隙間から顔を出すショウジョウバカマ(ユリ科ショウジョウバカマ属)。濃淡はありますが紅紫色の花を咲かせています。小さいのに存在感がある草花です。 季節に押されたのかヤマカガシが眠っているように長い体を伸ばしていました。ヤマカガシは山の蛇です。水辺など湿地を好み主食はカエルでしょう。ヤマカガシの存在は、この湿原の生態系が意外と豊かなのかと思わせます。ただし近づかないで下さい。毒蛇です。 湿原では樹木はまず生えてこないと思っていましたが、このヤチヤナギ(ヤナギ科ヤチヤナギ属)を認識してびっくりしました。高さはせいぜい50センチほどですが、冬でも地上部を枯らさない立派な樹木です。「ヤナギ」と名についていますがヤマモモ科で、別名をエゾヤマモモといいます。尾瀬ヶ原ではヤチヤナギの群落もあるといいます。 尾瀬ヶ原で大きな部分を占める高層湿原(標高の高低ではなく、泥炭層が厚い)では花を見られませんでした。高層湿原はミズゴケなどの泥炭が厚く堆積して、表面がドーム状に盛り上がり、地表面が地下水位より高くなったものです。ミネラルなど栄養分の溶けた地下水の恩恵を受けられない、栄養に乏しい湿原です(猪狩貴史『尾瀬自然観察手帳』ほかを参考にしました)。高層湿原にはよく池塘が出現しています。 高層湿原に咲く花はツルコケモモ(ツツジ科の矮性低木)などわずかです。ところが、高層湿原かどうか判断に迷う湿原に、あのワタスゲ(カヤツリグサ科ワタスゲ属)が花を咲かせていました。群生はしていませんでしたが、一定の広がりは確保しています。 ワタスゲは雪解け時期になるとすぐ花を咲かせます。丸い小穂にたくさんの黄色い花をつけています。夏になると湿原を通る風に乗せて白い綿毛の群が舞うことでしょう。 山々に囲まれた尾瀬の春。眠っていたもの隠れていたものが目覚めるときです。春の尾瀬ヶ原は、これから展開する躍動的な自然の営みのすべてを内包し、萌芽します。 ニッコウキスゲが咲く花盛りの頃の華やかさはありませんが、この時期しか見られない貴重な春が展開しています。そう、この枯れ草色の景色の中に、これから尾瀬に行く人に伝えたい湿原の春が潜んでいるのです。 キクザキイチゲ(キンポウゲ科イチリンソウ属)が咲いていました。春のはかない妖精、スプリングエフェラメルと呼ばれます。早春になると芽吹き花を咲かせ、ほかの草花が伸びる初夏になると次の春まで生の営みを終えてしまいます。「またあおう。今度は夏に来るけどね」と挨拶をしました。
by seppuka
| 2017-06-24 15:13
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