旧暦の季節には太陽暦を七十二等分した七十二候があります。季節の移ろいをこまやかに映しています。それぞれの候に撮影された折々の花について、本ブログの冒頭に紹介していきます。 彩りの七十二候 折々の花1 サザンカ 立冬 初候(およそ十一月七日~十一日頃) 「♪さざんかさざんか 咲いている たき火だたき火だ 落葉たき」 1941年に「たき火」が作詞され、最初NHKラジオで紹介されますが、日本は戦争に入り、「たき火は敵国の標的になる」などの理由で放送中止なったといいます。それでもサザンカは秋の終わりごろになると咲き続けてきました。サザンカの花を見ると「たき火」の唄を思い出し、ほんのりとした温かみを感じます。 四季のはっきりしている日本では、花もまた季節とともに移ろいます。 彩りの七十二候 折々の花2 リンドウ 立冬 初候(およそ十一月十二日~十六日頃) 草原が枯れ草色になっていく頃、リンドウの花は青空に向かって開きます。花が開くのは晴天の時だけ。暗くなると花を閉じてしまう。青い秋空の下に咲く花です。人を元気づけるような花姿です。 草丈の高い草原では生育が難しい。花の頃には花の重みで茎は倒れることが多く、ほかの草に隠れてしまいます。そこで、周りの草をすこしだけ刈り取ったら、ちょっとした群生をつくるまでになりました。寄り添えば応えてくれるリンドウです。 彩りの七十二候 折々の花3 コナラ紅葉する 立冬 末候(およそ十一月十七日~二十一日頃 雑木林の紅葉が青空に映えています。イロハモミジやオオモミジが紅葉する前にまずはコナラやクヌギなど雑木林が色づいてきました。 雑木林は人々に肥料となる落ち葉、木材、薪や炭などの燃料を提供するなど人々の暮らしに役立ってきました。 クヌギは黄葉し、コナラは紅葉します。その彩りの豊かさは里人の心を豊かにしてくれたことでしょう。 彩りの七十二候 折々の花4 イチョウ黄葉 小雪 初候(およそ十一月二十二日~二十六日頃 恐竜が跋扈していたジュラ紀に栄えたイチョウは、今では寺院や神社に植えられる庭園樹として、都市の街路樹として大事にされています。その堂々とした佇まいは西洋の建築物にもよくマッチします。 国立の一橋大学キャンパスには中世ヨーロッパのロマネスク建築様式の建築物(国登録の有形文化財)が3棟あります。いずれもイチョウの大木を配されています。その一つ時計台棟(昭和初期建造)を彩るイチョウです。11月初旬から黄葉が始まり、緑からゆっくりと黄金色に変わってきました。優に1億年以上も生き続けてきたイチョウの輝きが学問の未来を照らしているように見えます。 彩りの七十二候 折々の花5 紅葉 錦秋と錦繍 小雪 次候(およそ十一月二十七日~十二月一日頃 紅葉のある秋の風景は「錦秋」とよばれます。紅葉が錦のように美しくなる秋です。「錦」とは様々な色形がつくる紋様(織物)を意味します。だから「錦秋」とは「木々が緑、黄、橙、紅などの色が諧調をつくり展開する、色彩豊かな秋の風景」といえます。 それでは1本の木が、あるいは1枚の葉がそうした紋様をつくる場合はどうでしょう。私はそれを「錦繍」と呼ぶようにしています。一本の木で、あるいは一つの葉の中に錦と刺繍のように美しい紅葉の様を見てとるのです。 錦繍の紅葉は樹木一本で、一枚の葉で十分鑑賞に値します。紅葉をロングとアップで観ます。紅葉の美しさは「多様性と繊細さにある」と気づきます。 イロハモミジ・鎌倉獅子舞の谷 彩りの七十二候 折々の花6 クロガネモチは冬に輝く 小雪 末候(およそ十二月二日~六日頃) 鳥に種子を散布してもらうため、こんなにも真っ赤な実をたわわにつけるクロガネモチ。それでも採食するのはツグミやヒヨドリ、カラス、キレンジャクなどのレンジャク類と少ないようです。メジロやジョウビタキも餌の少ない年には採食することがあるといいますが(参考『野鳥と木の実』)。 実が甘くなるのは十二月に入ってから。おかげで冬の青空に映える赤い実を纏ったクロガネモチを長く楽しめます。 お勧めは東御苑のクロガネモチ。上を向いて歩いてください。青空をバックに輝くクロガネモチを見過ごさないように。 彩りの七十二候 折々の花7 スイセンの辿った道 大雪 初候(およそ十二月七日~十一日頃) 白い六枚の真ん中に黄色で杯形の副花冠をつけるスイセンの花。上品な香りを漂わせながら佇み、風雪にも潮風にも負けず咲く花姿は気高く見えます。 ギリシャ神話に出てくるスイセンです。地中海沿岸が原産で、シルクロードの道を辿り、中国を経て古い時代に日本に入ってきたとされます。球根が陸路を通り、人手によってもたらされたのでしょう。 しかし、日本に辿り着くまで海の道は通らなかったのでしょうか。日本に辿りついたスイセンは日本の海岸で野生化しています。伊豆の爪木崎、淡路島、越前海岸などが自生地として有名です。 潮風が好きなスイセンです。球根が海流に乗って海岸から海岸へ渡った。少なくとも黒潮に乗って球根が中国南西部の海岸から日本の海岸にもたらされた。そう思った方が、島崎藤村の「椰子の実」の詩がもつロマン性をより感じるのです。 彩りの七十二候 折々の花8 ヤツデ 冬に咲くと受粉率が高まる 大雪 次候(およそ十二月十二日~十五日頃) 初冬に、円錐状に白い小さな両性花をたくさんつけるヤツデ(ウコギ科)。一つ一つの小さな花は両性花です。雄しべが先に成熟し、2~3日たつと花粉を出さなくなります。そして雌しべが熟す雌の時期になります。性を変え、自家受粉を避ける努力をしています。 しかし、この寒い時期に花粉を運んでくれる昆虫はいるのでしょうか。よくしたもので、ハナアブがいました。ヤツデ以外に花があまり見当たらない冬の季節に咲いた方が、受粉率が高まります。花が少ないこの時期、ヤツデの花粉をたっぷりつけたハナアブが次から次へとヤツデの花を訪れるからです。 彩りの七十二候 折々の花9 カンアオイ 大雪 末候(およそ十二月十六日~二十日頃) 葉を落とし終わった雑木林の下で、カンアオイ(ウマノスズクサ科)の花を見出だしたときは興奮しました。落ち葉に埋もれて葉を広げ、隠れるように花が咲いています。先端が3つに裂けた小さく堅い筒状の花を咲かせています。日本の野草では冬に花が咲くにはごくわずかですが、カンアオイはそうした貴重種の一つです。 種子にはアリの好む脂質を含む付属物があり、これでアリが運んでいるといいます(山と渓谷社『山に咲く花』)。わが石風花亭の坪庭に20年前に植えたカンアオイは花を咲かせず、地下茎を伸ばしてようやく2株増やしました。カンアオイの旅はゆっくりしています。 彩りの七十二候 折々の花10 輝く新春の梅 冬至 冬至 初候(およそ十二月二十一日~二十五日頃) 一年で最も昼が短く、夜が長い冬至がやってきました。冬至から日がだんだん伸びていくので、冬至が一年の始まりのような気がします。そして冬至には「冬至」、冬至の頃に咲く梅です。 冬至は早咲きの梅の代表種で樹高が高く、枝一杯に花をつけた花模様は見栄えがします。原種に近い野梅系で、梅らしい梅です。丸い花びらに先端が黄色の雄しべが伸び、その端正な花は梅本来の魅力が感じられます。輝く新春の梅です。 彩りの七十二候 折々の花11 ロウバイ 冬至 末候(およそ十二月三十一日~一月四日頃) 中国には「雪中四友」という言葉があります。寒中に花を咲かせるウメ、スイセン、サザンカにロウバイです(『大辞泉』参考)。ロウバイ(ロウバイ科ロウバイ属)は中国原産で江戸時代初期に渡来しました 。彩りに欠ける日本の冬に開花するので人気があったのでしょう。今でも、鎌倉の民家の庭先でもロウバイを多く見かけます。 光沢のあるロウ状の黄色い花は冬の日差しをよく反射させ、清々しくもの甘い香りを漂わせます。正月花として使われるのも理解できます。しかし、ほとんどの樹木は冬木立の枝先で芽吹く力を育みます。正月は「芽出たい」とひたすら耐える時期なのでしょうか。 彩りの七十二候 折々の花12 カンツバキ 小寒 初候(およそ一月五日~一月九日頃) 那須は雪景色の中で新年を迎えました。降りしきる雪のなかで、咲く花があります。紅一点、カンツバキ(寒椿)です。サザンカ(山茶花)、カンツバキ(寒椿)と咲き繋ぎ、ヤブツバキ(藪椿)が早い春に控えています。新しい望みの年に連なる輝きです。 カンツバキはサザンカとヤブツバキの種間交雑種。色彩の乏しい季節にあって貴重な彩りです。季節が一番厳しいときに咲き続けるカンツバキ。時に降雪の紗がかかり、淡い赤がなんともいえない風情を醸します。冬の功労者です。 彩りの七十二候 折々の花13 ヒイラギ 小寒 次候(およそ一月十日~一月十四日頃) ヒイラギは「柊」と書きます。冬に花を咲かせる木です。温暖な地域に生育する常緑の広葉樹で冬に花を咲かせるとは驚きです。やはり、常緑樹で小寒の候に花を咲かせるツバキ(ヤブツバキ)は「椿」と書きます。春先まで咲くので春の木なのでしょうか。 ヒイラギはモクセイの仲間らしく甘い香りを漂わせます。この時期数少ない昆虫を引き寄せ、花粉媒介を任せます。 花は雌雄異種で雄株には雄花のみ、雌株には両性花がつきます。花の直径は5ミリほどで、純白の花弁をそり返らせています。トゲトゲの葉を従え、人を寄せ付けない神聖な美しさに感じ入ります。 彩りの七十二候 折々の花14 ソシンロウバイ 小寒 末候(およそ一月十五日~一月十九日頃) いよいよ大寒も間近です。寒さが最も厳しいこの時期、ソシンロウバイは木全体が花に覆われているように見えます。花粉媒介の昆虫は少ないので、精いっぱいのアピールでしょうか。冬の青空をバックのその姿を見上げると、躍動的な花世界が広がります。 ソシンロウバイはロウバイ科のロウバイの仲間で江戸初期に渡来したようです。ロウバイより人気が高く、庭園などに広く植栽されています。ロウバイより花が大きく、花色も濃く、中心部まで黄色いことがアピールするのでしょうか。華やかさと清楚さが見事に調和しています。 さあ、躍動感をもって大寒を迎えましょうか。 彩りの七十二候 折々の花15 ナンテン 大寒 初候(およそ一月二十日~一月二十四日頃 大寒を迎えても、ナンテン(メギ科)の果実はたくさん成っていて、おいしそうです。果実が無毒でおいしいと、鳥はその樹に長くとどまって採食します。そして、その樹の下に糞を落とし種子を散布するので、その種子が芽生えても母樹の下では成長できません。 そこで、ナンテンは果実に毒を少し含ませました。鳥は二度とナンテンの実に寄りつかなくなるか、お腹の調子がおかしくなるまでは採食するか、どちらかでしょう。ナンテンを採食する学習能力がある鳥は、少し食べては他の実のなる木に移動します。移動した後に糞をするので、種子は母樹から離れた場所に散布されることになります(多田多恵子『したたかな植物たち』参考)。 その毒とはアルカロイドです。人には咳止め効果あり、喉飴に使われています。かつてナンテンのど飴を舐めすぎて、舌が麻痺したことがありましたっけ。 彩りの七十二候 折々の花16 フクジュソウ 大寒 次候(およそ一月二十五日~一月二十九日頃) 大寒真っただ中、寒いけど晴天が続きます。それでも、フクジュソウの花は日が当たると朝から開きます。写真を見てください。花々は太陽に向かって、どれも同じ方向へ花を咲かせています。花弁は黄色で光を受けて光沢があります。花の形はパラボラアンテナのようで、花の中心部に光を集中させて温度を上げます。温もりを求める昆虫を呼び寄せているのです。フクジュソウこそ「ヒマワリ」です。 彩りの七十二候 折々の花17 ヤブツバキ 大寒 末候(およそ一月三十日~二月三日頃) ヤブツバキは空に向かって咲きます。鳥が花に留まりやすいように。虫が少ない冬、花粉を媒介してくれるのは鳥です。鳥は虫と比べて桁違いに重い。そこでヤブツバキはオシベの基部を固めて筒状にして、花びらとしっかり合着させました。これなら鳥の体重を支えられます。 「折々の花」は立春編へと進みます。
by seppuka
| 2019-01-16 17:05
| 彩りの七十二候 折々の花
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