四季のはっきりしている日本では、花もまた季節とともに移ろいます。 旧暦の季節には太陽暦を七十二等分した七十二候があります。季節の移ろいをこまやかに映しています。それぞれの候に撮影された折々の花について紹介していきます。 彩りの七十二候 折々の花28 ヤマザクラ 春分 初候(およそ三月二十日~二十四日頃) ヤマザクラは日本の代表的なサクラです。古代から集団の桜として鑑賞されてきました。 花の雲 鐘は上野か浅草か(芭蕉)はヤマザクラを詠んだ句です。 江戸末期につくられた一様でのっぺりとしたソメイヨシノの花模様とは違って、ヤマザクラは変化に富みます。その秘密は開花に合わせて展開する赤味を帯びた新葉の存在。花と葉が模様をつくり、多様に展開します。そのあっけらかんとした陽気さに翳りはなく、人への豊かな恵みをもたらす生命力を表象しています。 彩りの七十二候 折々の花29 アカシデ 春分 次候(およそ三月二十五日~二十九日頃) アカシデの花を見ると、春がサクラだけではなく、様々な樹木に来ていることを知ります。長く垂れ下がった雄花序(雄花の集まり)が花粉を出し終わる頃、今度は雌花序の雌花が咲き始めます。アカシデは風媒花ですが、よく見ると雌花はなかなか美しい。 雌花序の長さは4~5センチほど。雌花の花柱(雌しべの軸)は紅色で、花序は優しい上品さに充ちています。 カバノキ科のアカシデのなかまの樹木の花は、こちらがその気にならないと出会えません。会えれば「小さい春」に春の躍動を感じることでしょう。 彩りの七十二候 折々の花30 ハナモモ 春分 末候(およそ三月三十日~四月三日頃) 花を観賞するために改良されたモモをハナモモといいます。モモは『古事記』に登場し、古い時代から栽培されていました。モモが観賞用のハナモモとして改良が行われるようになったのは江戸時代に入ってからで、現在栽培されている園芸品種には江戸時代に作出されたものが多いといいます。 モモもハナモモもサクラの花の咲く時期に前後して開花の最盛期を迎えます。あでやかな日本の春を演出します。そして、いよいよ春本番です。 彩りの七十二候 折々の花31 コナラ 清明 初候(およそ四月四日~八日頃) 雑木林のコナラが花をたくさんつけているように見えました。青空を背景に、清々しい雰囲気が春を感じさせてくれます。 その「花」をよく観ると、枝先に垂れ下がる雄花序ではなく、輝く「若葉」でした。花時の若葉の美しさに感嘆します。そう言えば、「清明」はすべてのものが清らかで生き生きとする候のこと。きょろきょろしながら雑木林を歩きました。 彩りの七十二候 折々の花32 シダレヤナギ 清明 次候(およそ四月九日~十三日頃) 樹木を柔らかな黄緑色で飾るシダレヤナギ。春のやさしさに包まれています。この色彩はなにか懐かしい。 やわらかに 柳あをめる 北上の岸辺目に見ゆ 泣けとごとくに 石川啄木 ヤナギは雌雄異株で、雌の木と雄の木に分かれます。雄花序も雌花序も鮮やかな黄色で、若葉の若草色と交じり合い、やさしさを演出します。春は柔らかい。 彩りの七十二候 折々の花33 フゲンゾウ(普賢象) 清明 末候(およそ四月十四日~十九日頃) ソメイヨシノの花が終わる頃、大輪の八重桜フゲンゾウが咲きます。外側を淡い紅色で装った花姿は優美です。ヤマザクラとオオシマザクラの雑種で、室町時代(1400年代)からあったといわれます。サトザクラで最も古い品種といわれます。 メシベをよく見ると、葉が主脈に沿って2つに折れた形をしていて、2枚の葉が向き合っている形をしています。この2本のメシベが長く突き出した花全体を普賢菩薩が乗る白象と見立てました。なんとも優美な八重桜です。 彩りの七十二候 折々の花34 ヒメウズ(姫烏頭) 穀雨 初候(およそ四月二十日~二十四日頃) その存在が分かりづらい花です。20センチほどの細い茎頂に4~5ミリほどの白い小さな花がついています。ほとんどの人は咲いている花に気づかず、通り過ぎるでしょう。山麓の草地や道端で群生するヒメウズ(キンポウゲ科オダマキ属)の花です。会えると嬉しくなる花です。 じっと見つめるとオダマキの花の形をしています。白い花びらは萼片で、花弁は筒状に雌しべと雄しべを囲んでいます。可憐ながらも整った花姿です。 名の「姫」は「小さい」、「烏頭」は「トリカブト」のこと。おそらく果実がトリカブトの袋果に似ているからついたのでしょう。 野に出るときはルーペが必携品ですね。 彩りの七十二候 折々の花35 クマガイソウ(熊谷草) 穀雨 次候(およそ四月二十五日~二十九日頃) 扇形の一対の大きな葉の中心部から伸びた長い花茎の先端に、ぷっくりと膨れた花がぶら下がっています。ランの中でも最も大きな花をつけるクマガイソウ(ラン科)。光が差す林の中で群生しています。 花の直径は10センチほど。前候で紹介したヒメウズの20倍以上です。花の多様性に驚くばかり。 ふつうランの花は花弁が3個、それらを支える萼片が3個で構成されます。クマガイソウは唇弁(中央の花弁)をふっくらとした形にさせました。その左右に側弁がつきます。上に緑の萼片が見えます。膨れた唇弁の中にハナバチを騙す仕組みを凝らし、確実な受粉を図っています。 一度出会ったら忘れられない花を咲かせるクマガイソウです。 彩りの七十二候 折々の花36 セントウソウ(仙洞草) 穀雨 末候(およそ四月三十日~五月四日頃) じっと見ると、全体にやわらかな感じがして、目に優しい。セリ科のなかまで、漢字では「仙洞草」と書きます。江戸時代の文献にも出ている(山と渓谷社『野草の名前』)といいますから、由緒のある草と想えます。湿り気のある林で多く見かけます。高さ10~25センチでの小型で繊細な草です。多くの人が見ているはずなのに、その存在はなかなか認識されません。 葉の間から伸びた細い花茎の先に白色の小さな花をたくさんつけています。小さくても5個の花びらがあり、結構長い雄しべも5本あります。 「仙洞草」とはなにか、思いを巡らしたくなる花姿です。
by seppuka
| 2019-04-14 07:53
| 彩りの七十二候 折々の花
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