向島百花園の萩のトンネルは200年以上の歴史があります。花期が長く、秋の風情を漂わせた萩は今でも人気が高く、萩まつりの頃は訪れる人が俄然多くなります。 ![]() 中秋の名月に合わせて、園内では江戸時代から続く伝統行事『月見の会』が催されます。暑い夏を遣り過ごし、ようやく花を愛で、月を賞する余裕が出てきたのでしょうか。 ![]() 祭壇を設け、豊穣の秋の到来に心を躍らす人々の感謝の念を月に捧げます。かくして秋は始まっています。 ![]() 秋の百花繚乱の中心にあるのは萩です。華やかな花ではありません。ところが日本人は古来、萩に深い思い入れを抱いてきました。『万葉集』に登場する160種の植物中、141首と最も回数が多いのが萩です。 秋風は涼しくなりぬ馬並(な)めていざ野に行くかな芽子(ハギ)が花見に (巻10・2103) 萩は秋の草原の花でした。「花見」といえば桜ではなく萩を観賞することでした。 ![]() 荒涼たる葛の生い茂った草原に萩の花が秋の趣を添えています。 ま葛原なびく秋風吹くごとに 阿太の大野の萩の花散る 万葉集(作者不詳) ![]() 「萩」という字が草冠をしているように、古代の人にとって萩は「草」でした。萩は低木で、葛(クズ)に覆われることもあります。細い幹は太くならず、幹は数年で枯れてしまいます。こう見ていくと、萩はほとんど草です。古代人の観察眼は凄い。 花は対になって、垂れ下がった枝にびっしりと着きます。遠目にも緑の葉との色コントラスが鮮明です。草原にあって、遠景でその存在を認めたときの印象は鮮烈だったでしょう。 近づくにつれ、ただならぬ雰囲気に同調し、精神は心地よく高揚していきます。そして気づきます。美の世界は一つ一つの小さくも繊細な構造をもった萩の花で構成されていることを。 ![]() ハギの花が美しい理由は、まずは花の構造です。花弁は5枚で、それぞれが役割をもっていて、形を変え配されています。上にある大形の花弁は虫に目立つような紋様をもった「旗弁」(1個)で蜜の在りかを知らせます。左右2個は「翼弁」で虫が着地しやすいように誘導します。下の2個は「竜骨弁」で、合わさって雄しべと雌しべを包んでいます。合わさった竜骨弁の中央に筋が入っているのが見えます。 ![]() この合わさった竜骨弁に昆虫が着地すると、合着部分が割れ、雄しべと雌しべが飛び出し、昆虫の体につきます。こうして昆虫に送受粉をさせる仕組みになっています。花の構造を蝶にたとえて「蝶形花」と呼びます。この「蝶」は小さい。例えばミヤギノハギの花の長さはわずか1.5センチ程度。でも美しい。 ![]() ハギの中で、多く見られるのはヤマハギ(山萩)、マルバハギ(丸葉萩)、ミヤギノハギ(宮城野萩)です。これら見分けるのに花の比較だけでは難しく、葉(小葉)で識別します。 ![]() 萩のなかまの葉は3枚の小葉からなる3出複葉です。ヤマハギの小葉はやや太めの楕円形で、葉の先が丸いのがポイントです。下のヤマハギの写真では葉の先が丸くなっています。 ![]() マルバハギの葉は丸く、その先はへこんでいます。へこんだところに細い刺のようなものが出ていることもあります。 ![]() 最近、特に多く見られるミヤギノハギの葉は楕円形で、葉の先がとがっています。花はヤマハギ、マルバハギより赤紫色が濃い感じですが、やはり葉で区別します。 ![]() ミヤギノハギは本州の中部地方以北の日本海側に自生するケハギからつくられた(山渓『樹に咲く花』)といいます。ヤマハギやマルバハギより紫紅色が強く、葉の緑と相まって落ち着いた優雅さを演出しています。「宮城野」は仙台市の東部にある平野で、昔は萩の名所として知られていました ![]() 萩の世界奥行きを示すのが多様なハギのなかまの存在です。 ツクシハギは京都や奈良でよく自生しているのを見かけます。竜骨弁の基部や旗弁の縁側などが白いので、花の色は淡く見えます。やさしさとともに優雅さを感じ取れる花姿です。 ![]() 一目で識別できるキハギ。花が淡い黄色を帯びるので「黄萩」と思われがちですが、「木萩」と書きます。草のような幹を出すハギのなかまと違って「木萩」は幹が比較的太いので、名があります。その代わり花は小さく長さは1センチほどです。 ![]() 旗弁が白いキハギです。旗弁の紋様と翼弁の色(赤~紫色)で識別します。 ![]() 本州~沖縄に分布するマキエハギは5ミリで、目を凝らさないと分かりません。「蒔絵萩」と書きます。旗弁の基部に筆で書いたように紅い筋が施されています。小さくても十分品格が感じられます。 ![]() シロハギ(白萩)は長く垂れ下げた枝の葉腋から花序をだし、白色の長さ約1.5センチの清楚な蝶形花を咲かせます。鎌倉の宝戒寺のシロハギは有名で、多くの人が訪れます。ハギらしくない樹形です。 ![]() シロハギはミヤギノハギ(宮城野萩)の変種で、園芸種として植えられ野生種は存在しません。花には紋様はなく清楚な白一色。多様なハギの世界に花を添えました。 ![]() 桜や梅は赤から白の範囲で花色が構成されますが、萩の蝶形花には紅、赤、紫、青、黄、白と様々な色が登場します。そして、多様な色使いで、立体的な構造をもった小さな萩の花を飾りました。 万葉人を惹きつけてやまなかった萩の世界。心に染みる秋の到来です。 ![]() #
by seppuka
| 2024-10-01 16:39
| 連載 季節の手帳
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