ウメは奈良時代に上流階級が最も尊んだ花の一つでした。平安遷都のすぐ後、紫宸殿前には左近の梅が植えられました。ところが平安期にウメは春の花の第一の地位をサクラにとって替えられます。それでも、ウメはサクラと華やかさで競うつもりはないのでしょう。その静かな佇まいから品格が感じとれます。そんなウメを庶民も愛好し続けて鑑賞し、愛好し続けてきました。 ウメは園芸的には花の観賞を目的とする「花梅」と実の採取を目的とした「実梅」とに分けられます。花梅はさらに野梅系、緋梅系、豊後系に分かれます。 2月上旬、早咲きのウメがすでに咲き揃っていました。冬至は早咲きの代表種です。ウメのなかでは樹高が高く、枝一杯につけた花模様は遠目で見ても見栄えがします。ウメらしいウメといわれる野梅系です。「野梅系」は原種に近いウメの系統で、本来の梅の魅力が見られる端正な花模様が特徴です。丸い花びらに、繊細なオシベ。造詣の妙につきます。 野梅系の小梅もウメらしいウメです。花は美しく、小さいながら凜としています。花は2月中旬~3月中旬に咲きますが今年は少し早く咲いたようです。 小梅は果実が利用されるウメのなかま「実梅」ですが、実、花、葉とともに小さく、実の大きさは6~8g。「白王」「紅王」などの品種があります。小さな梅干は美味く、重宝にされている小梅です。 小石川後楽園で毎年、先陣を切って咲き始めるウメのひとつ光圀(ミツクニ)も咲いています。野梅性の花梅で、花は小さく、一重です。黄門様の庭園にふさわしい、上品な白梅です。 野梅系の玉英は青梅市二俣尾原産だそうです。実梅で果実は大きく梅酒に向くといいますが、花は八重で大輪で充分に鑑賞できます。花びらに波があり、素朴な躍動美があります。 浜千鳥の花は中輪の一重で、花びらの先がとがって波を打っています。本来のウメの端正さに変化をつけました。野梅系のウメです。紅千鳥も花びらがとがりますが、緋梅系で系統が違います。 水戸六名木の一つで野梅系の虎の尾は早咲きの八重の花を咲かせます。花はやや大きいですが落ち着いた雰囲気があります。 水戸の「偕楽園」、「弘道館」は共に江戸時代に水戸藩主によって創建されたもので、今でも梅の公園として全国に知られています。園内にある梅の中でも、花の形、香り、色などが優れている6品種、「白難波」、「江南所無」、「月影」、「虎の尾」、「柳川枝垂」、「烈公梅」を「水戸の6名木」と呼んでいます。水戸藩由来の小石川後楽園でもこの虎の尾や白難波が見られます。 白難波(しろなにわ)も端正な野梅系です。八重の早咲きで、花色は白ですが、うっすらと紅を帯びています。「水戸の六木」の一つです。 野梅系の白梅の魅力はその端正さ凛とした佇まいにあります。冬空の下で咲くウメには媚びることのない孤高さが感じとられます。 同じ野梅系の紅梅は、白梅にはない花姿を見せます。やはり端正な花ですが暖かみがあり、親しみやすさがいいのです。 野梅系の八重咲きの八重寒紅は中輪で八重の花弁は波打つことがあります。花色はソフトな紅色で、オシベも淡い紅色を帯びています。冬枯れ景色の中で、あるいは雪景色の中で優しげな花模様を見ると心が和みます。 紅梅の道知辺(みちしるべ)も野梅系です。一重の中大輪で、ウメらしいシンプルな花姿に気品が感じられます。花色は紅のち紫紅色になります。盛りには枝一杯に花をつけるので、道標になったのでしょうか。 この「道知辺」を中国から渡来した原種の子孫ととらえる説があります。私は江戸時代、暗闇が支配的な夜の道を行く人々にとって、ウメは「みちしるべ」になっていたのではないかと考えました。早春に花粉を媒介する昆虫は少ない早春に何とか昆虫を呼ぶためか、ウメはサクラと違って匂いを出します。この「匂い」が、わずかな月明かりの下で歩く人の道標になったのではないかと。 梅が香にのつと日の出る山路かな 芭蕉 野梅系の呉服枝垂は「ごふくしだれ」ではなく「くれはしだれ」と仮名がふってありました。ウメは江戸時代にたくさんの品種がつくり出されました。「呉服枝垂」は名前からいって、江戸期に花梅として作出されたように思えます。中輪の八重で、つやのある明るい紅色の花を咲かせます。化粧を施しましたが、原種の「端正さ」は消えていません。 寒紅梅は早咲きで、春を告げる梅として人気があります。香りがよく、ピンクがかかり、一重、八重咲きがあります。菅原道真ゆかりの天神社では多く見られます。鎌倉の荏原天神社の寒紅梅は鎌倉で一番早く咲くといいます。 「緋梅系(紅梅系)」に属するウメの花はほとんど紅色か緋色です。幹や枝の内部が紅い品種をいうので、まれに白花も含まれるようです。寒紅梅は緋梅系のウメですが、野梅系とされていることがあります。野梅系の流れをくむ歴史を感じさせるウメです。 古くからの名品である唐梅は緋梅系で、花色が咲き始めは桃色~紅色で、咲き終わりには白っぽくなります。日本にも野生品が九州にあるそうです。奈良時代以前にはすでに中国文化の渡来とともに植栽されていたといいます。 美しや紅の色なる梅の花 あこが顔にもつけたくぞある (菅原道真) 菅原道真(845~903年)が幼少の頃読んだという紅梅はこのウメだったのでしょうか。 大盃(たいはい)は早咲きの緋梅系の品種です。一重大輪で、オシベが長く花姿も見事で、存在感があります。 サクラは一つに見える芽の中に数個の蕾が入っていて、そこから分かれ出るように柄が伸びて咲きます。ウメはサクラのように房咲きはしません。一つの蕾からは一つの花しか咲かせません。しかも花の柄はごく短く、花が枝に直接ついたように咲きます。枝への付き方によっては、天に向かって開く花も少なくはありません。そこにあっけらかんとした親しみが湧きます。 緋梅系の紅千鳥は艶のある明るい紅色(本紅という)をした美しい品種です。中輪の一重咲きです。下の写真で左上のオシベの中にピンクの塊があるのがわかるでしょうか。オシベが花びらに変化したものです。オシベが花びらに先祖返りしています。それが千鳥の飛んでいるように見えることから、名があります。 濃紅色の花色で八重咲き鹿児島紅(カゴシマベニ)も緋梅系の代表的品種です。中輪で、花びらは波がないので、平たく見えます。花弁は平開し、オシベの蕊まで紅色をしています。深い紅色のウメは黒雲、蘇芳などがありますが、鹿児島紅は愛好者が多いようで、よく見かけます。バラの園芸品種にも名花パパメイアンなど深紅のバラが作出されてきたように、ウメの園芸品種も「深紅」の花模様が方向性の一つになっているようです。 「豊後系」は梅と杏の雑種です。実梅として栽培され、実や花も大きいのが特徴です。実の収穫期は6月中旬で、梅酒などに加工する代表的な品種です。豊後系の白加賀の花は大輪の一重で美しく、花梅としてもよく植栽されます。栽培面積のもっとも多い品種で、特に関東地方に多いようです。 藤牡丹枝垂(フジボタンシダレ)は豊後系には珍しい枝垂れるウメです。八重咲き枝垂れのウメなら「藤牡丹」といわれる人気品種の一つです。蕾は紫色を帯びますが、開花すると花びらは紫色から淡紅色に変わります。色変わりが艶やかです。アンズと交配することで新しい花模様が展開しています。 小石川後楽園に咲く梅の数々を鑑賞してきました。次回は香取神社のウメを訪ね、さらにウメの魅力に迫ります。
by seppuka
| 2024-02-09 15:14
| 連載 花模様
|
Comments(0)
|
ファン申請 |
||