梅、桜、牡丹、躑躅の爛漫な春は去りました。そしてウツギやエゴノキの白い花が咲く初夏が来たと思っていたら、いつの間に梅雨の季節になっていました。ようやく心静まる季節に身を置けます。 雨が降りしきる梅雨の日に、府中市郷土の森博物館を訪ねました。約14万平方メートルの敷地全体で府中の自然や風土の特徴を表現しているフィールドミュージアムです。その中に田んぼや昔の農家、町屋、歴史的な建物などを配置されています。そして、1万株ものアジサイが見頃を迎えていました。 園内には1万株のアジサイが植栽されています。この園のアジサイ風景は、「紫陽花寺」と呼ばれるようなアジサイの名所とはかなり雰囲気が違います。ここでは里の風景に合うように、適宜に植栽されています。 本来アジサイの主流はなんていってもガクアジサイ(ユキノシタ科アジサイ属)でした。葉に光沢があるように、本来は海岸に自生するアジサイです。このガクアジサイを親として様々な園芸品種が生み出されました。 額縁の額のように、装飾花が花の本体の両性花を取り囲むように咲いています。装飾花が大きいのは虫の目を惹くためです。たくさんの小さな花の咲き始め時から咲き終わりまで咲いています。性機能はありません。背後に両性花。花を小さくしています。花の密度を高くすれば、他の株で花粉に塗れた虫が1回訪問すれば、たくさんの花が受粉できることになります。そうして種子をつくります。実に頭脳的な花模様です。 江戸時代に渡来したシーボルトもガクアジサイが大のお気に入りでした。ヨーロッパ人に好まれたこの日本産のアジサイは1790年、イギリス人がロンドンのキュー植物園に持ち帰り、品種改良が加えられたのでした。 そして日本生まれのガクアジサイは花序全体が装飾花に変わって、日本に戻ってきたのです。花全体が性機能を欠く飾り物の装飾花となっていたのでした。私たちが普通に「アジサイ」と呼ぶとき、それはセイヨウアジサイ(ユキノシタ科アジサイ属)のことです。 セイヨウアジサイの花色は変わるので、「七変化」とも呼ばれます。ヨーロッパ帰りのアジサイですが、「梅雨の花」というDNAはどうやら保持していました。それが証拠には植栽されたセイヨウアジサイは里の風景にしっかりと溶け込み、違和感がありません。雨の中でみる花風景にしっとりとした味わいがあるのです。 ガクアジサイとは違って山地に生育するアジサイの原種、ヤマアジサイ(ユキノシタ科アジサイ属)はガクアジサイより小ぶりで繊細な感じを受けます。花の構造はガクアジサイに似ていますが、花色が白色からピンク、さらには青から紫色まで多様です。変異性に富み、多様な園芸品種を生み出す母種となりました。 ヤマアジサイの花色が自然に青くなった変種クロヒメアジサイ(黒姫)は野趣に富んでいます。古来、濃い紺を「黒」、小さいアジサイなので「姫」と呼ばれていたので、「黒姫」と名付けられたそうです。深い青色に彩られた花姿はまさに雨中にあって美しい。私は梅雨の時しっとりとした味わいを演出する雨を「花雨」と呼んでいます。 遠目に見てもちょっと違った雰囲気のアジサイと思えるスミダノハナビ(隅田の花火)。ガクアジサイの園芸品種で、最近人気があります。そういえば川開きの花火の雰囲気があります。 近づいて観ると、花の柄が長く垂れ下がっています。これが花火にたとえられたのでしょう。装飾花が八重になっていて、控えめだが華やかさも感じ取られます。装飾花の咲いているときに、両性花は密集度がガクアジサイと較べて少ないですが、花を開いています。 スミダノハナビに似るシチダンカ(七段花) はヤマアジサイの一品種です。江戸時代に栽培され、シーボルトの『日本植物誌』でも紹介されていますが、幻の花となっていました。ところが1959年、神戸の六甲山に自生しているのが発見されました。 やはり装飾花が八重状に重なっています。和名の由来は、装飾花が「七段に重なる」というところからでしょう。花の色は淡い青色ですが、変化する傾向があるようです。ところが両性花が退化していて、花が咲く前に落ちていて見られません。ここらがスミダノハナビとの識別点となります。 スミダノハナビやシチダンカの花をうっすらと染める青色はまさに「梅雨の花」ともいうべき色合いです。 花雨はすべての植物に等しく降りかかります。雨に濡れた植物は心なしか嬉しそうで、輝いて見えます。4月に花を終え、赤い実をつけてきたイロハモミジの分果(果実)は今一番輝いて見えます。生命活動を全開している生命力の輝きが感じられるからです。 梅雨に咲く雨が降り継ぐなか、「やすらぎの池」に行ってみました。雨で紗がかかった田園風景の中、池のスイレンが花開いていました。梅雨には梅雨の風景がある。雨の中に、浮かぶような景色が心地よく感じられます。 スイレン(スイレン科スイレン属)は水生多年草の総称です。日本に自生するスイレンはヒツジグサ一種しかなく、他はすべて外来種です。様々な花模様があるのですが、こうして花雨の中で、梅雨空に向かって咲く様はまことに印象的です。スイレンの鮮やかな花色を雨で抑えた色調がいいのです。 池の近くにヤマボウシ(ミズキ科ミズキ属)が咲いていました。丘陵地帯や雑木林でよく見る里の花です。4枚の花弁のように見えるのは総苞で、その中心に淡黄緑色の小さな花が多く密集しています。花の構造はさておいて、白い総苞が山法師の白い頭巾に見えないことはありません。雨に濡れた「白い頭巾」を身に着けたヤマボウシの佇まいには「栄華」はありません。清楚で控えめなしっとりとした花姿があります。 ホタルブクロ(キキョウ科ホタルブクロ属)が雑木林にひっそりと佇んでいました。花雨の中、様々な草花も咲いています。「ホタルブクロ」の名は子供が花の中にホタルを入れて遊んだからといいます。梅雨の間に光を発したゲンジボタルが飛ぶ頃に咲く草花です。本当に淡いピンクの色付けがまさに梅雨の花にふさわしい。そう、梅雨に咲く花はどこか控えめな感じがあります。 水に浸った一角にはハナショウブ(アヤメ科アヤメ属)が咲くべくして咲いています。ノハナショウブが母種となっている園芸品種で、ノハナショウブのように花の中央の基部に黄色い筋があります。 6月を代表する第一の花はハナショウブという人がいます。華やかさの中にも奥ゆかしさがある日本の草花です。梅雨の花は「慎み」にくわえて「奥ゆかしさ」にあるという気がしてきました。 梅雨から夏へ咲く里の花の代表はノカンゾウ、ヤブカンゾウなどワスレグサのなかまでしょう。オニユリのようにクリアーな色彩ではありませんが、これから里を彩る代表的な草花です。こうした日本原産のユウスゲやカンゾウ類(ノカンゾウ、ヤブカンゾウなど)はアジサイのようにヨーロッパなどに導入されて品種改良されました。そうして生まれた園芸品種をヘメロカリス(ユリ科ワスレグサ属・品種)と呼びます。ヘメロカリスは広い意味では品種改良の元となった野生種も含んでいます。花が短命で一日しかもたないことから別名で「デイリリー」とも呼ばれています。 郷土の森では、ヘメロカリスは田んぼの縁に植えられています。一度は外国に渡ったキスゲです。鮮やかな花色になりました。それでも「里の花」、「梅雨の花」というDNAは健在です。それが証拠には、花雨の中で輝いていますから。あれやこれや考えながら、傘を差しながら歩いた郷土の森でした。
by seppuka
| 2014-06-18 14:40
| 連載 花模様
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Comments(1)
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by
skuna@docomo.ne.jp
at 2014-07-08 19:57
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実はブログが出来てからお気に入りに入れててチェックしてたんです。
こんな風に書き込むのは初めてだし、もしかしたら承認されないんじゃないかなぁって思ったんですけど… 実は家族のこと、とくに子供のこととか、別れた旦那のことで凄くつらい思いをしてた時に、色々ブログをさまよってたら、こちらのブログにたどり着いたんです。 いつの間にかこの素敵なブログの世界観に吸い込まれて、なんだか私自身が救われた気持ちになれたのは言うまでもありません。 こんな風に自分が正直になれたり、凄く感謝してる思いです。 勝手にこんなこと言われても困っちゃいますよね?ごめんなさい。。。 もっともっと知りたくなったっていうのもあって、私の直接の連絡を入れておきました。 こんなに素敵なブログの管理してるんだから、ご自身にも魅力があるんじゃないかって・・・勝手に思っちゃって、私の連絡のせておいたのはそれが理由なんです。(もし迷惑だったら削除して頂いても構いませんからね。) ちょっと不安定な天気が続いちゃいますけど、風邪とか気を付けてくださいね。お身体ご自愛ください。
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