マタタビが他の樹木にツルを絡めて覆いかぶさり、枝葉を垂れ下げています。樹木の表面はツルを伸ばしたマタタビの葉にほぼ覆われています。梅雨から夏へ、那須の山里は毎年おなじみのマタタビの紋様が出現します。白い花が点々と咲いているように見えます。昆虫になった気持ちで近づいていきます。 ![]() 緑の葉に混じって白い花が咲いているのかと近づいて見ると、白い花と思ったのは白い葉でした。裏返ししてみても花はありません。白い葉の近くに花はありません。まとわりついたマタタビの葉がびっしりと覆い、花を出すスペースはなさそうです。さてさて、マタタビの花はどこにいったのでしょう。 ![]() あたりにいい香りが漂っています。身をかがめて枝葉の内側に入り見上げると、葉をつけたツル枝の裏側に白い花が並んで咲いていました。つる植物のマタタビ(マタタビ科マタタビ属)の花です。その香りが蜜の存在を示し、さらに昆虫を引き寄せているようです。 ![]() 花のすぐ近くに白い葉があるのではなく、離れた枝に吊り下がっています。白い葉と花は一対一で対応していません。それでも離れた位置にある白い葉と花の開花が連動しています。 ![]() マタタビは雄花と両性花をつける株に分かれます。花の色は薄暗いところでも目立つように白色です。白い花の直径は2センチちょっと。黄色の雄しべや雌しべの花柱が線形となり放射状に広がります。昆虫が寄ってきそうな魅力的な花模様です。神秘的な雰囲気があり、なかなか美しい花です。 ![]() 白い葉の隣に花があるわけではありません。それでも虫が寄ってきてくれれば、今度は香りで茂った枝葉の裏側へとさらに誘います。結果的に白い装飾を施した白い葉は昆虫を引き寄せるのは広告塔としての機能を担っているといえます。 ![]() マタタビの花は花自体が美しく、虫を呼べる機能を備えています。それでもツル植物の宿命で、びっしり枝葉が繁茂した表側で花を咲かす余地はないようです。白い葉は裏側に咲く花全体の開花を告げています。 ![]() マタタビの花が咲く頃、里の水端ではハンゲショウ(ドクダミ科ハンゲショウ属)が花を咲かせます。太い地下茎で群落を形成して生育しています。遠目に花と見えるのは白色化した葉。白い葉はやはり昆虫に対する広告塔です。独特な臭気があり、昆虫を引き寄せています。 ![]() ハンゲショウの白い葉は地味な花穂のすぐ近くにあり、一つ一つの花の開花が白化した葉と連動しています。茎上の上部の葉の脇から、長さ10~15cmの花穂(花の集まり)の先端が垂れています。目立たないので、花はどこにあるのかと思われるでしょう。白いハンゲショウの葉は、決まって花穂に向かい合います。マタタビとは違って、花序の付け根にある葉が直近の花の広告塔となります。 ![]() 花穂の花は下から順次開花し、開花するにつれ立ち上がっていきます。「花はここにあり」とばかりに目立ってきます。白い葉の腋から伸びてきた花穂と向き合う葉はまさに花の器官の一部のような働きをしています。 ![]() ハンゲショウの花には苞や花弁はありません。先が4裂した雌しべ1個、そして雄しべは6個がむきだしになっています。これだけでは昆虫は寄ってこないでしょう。ハンゲショウの花穂は白い葉とセットとなってこそ一つの「花」になっているといえます。 ![]() ふつう、昆虫を引き寄せる役割を担うのは花の器官や花で、花の場合は「装飾花」と呼ばれます。 ハナアブがガクアジサイの花序(花の集まり)に接近してきました。大きな花の集まりは人目でも目立ち、引き寄せられます。装飾花は昆虫を引き寄せるため形を変化させ花です。例えば、ガクアジサイの小さな花々を取り囲む大きな花が装飾花です。小さな花々を囲む大きな花を広告塔にして昆虫を引き寄せます。 ![]() マタタビと違って、アジサイの広告塔である装飾花は花の集まりに接し、周辺を囲みます。ハナアブは装飾花の上でホバリングし、前方下にたくさんの花があることを確認します。装飾花には蜜はなく、蜜のある本当の花は前方に密集している両性花であることが分かっているのです。 ![]() ハナアブは両性花の集まりの中に着地しから採蜜を開始します。両性花の直径はわずか1センチから2センチ程度。人の目から見れば小さいですが、ハナアブにとっては大きい。こうしてハナアブは体中に花粉をつけながら次々と花序の花から花を渡り歩きます。そして効率よく蜜をいただき、また別のガクアジサイへ飛んでいきます。装飾花を目印として。 ![]() かなり進化したガクアジサイのなかまの装飾花を見ていくと、ハンゲショウの装飾葉は見栄えがしません。でも花穂とセットで観るとシンプルな美しさが見事です。その葉と花模様は日本人の感性に訴え、多くの人たちが好んで観賞します。 ![]() ハンゲショウの花は基部から上部へと白化していきます。ちなみに白化した葉は、対応していた花穂の花の時期が終わると元の緑の葉にもどります。小回りが利いていて、草らしい融通が感じ取れます。 ![]() マタタビの葉はハンゲショウとは反対に葉の上部から白化していきます。その白い葉のすぐ近くに花が咲いているわけではありません。昆虫もきょろきょろするかもしれません。しかし花々が出す香りに誘われて、重なるツルの裏側に展開する花の園に辿りつきます。随分と知的な誘導です。 ![]() 花とは離れたところにある葉が開花に呼応して白くなるのは、情報伝達をしているからできるのでしょう。装飾花ほど華やかさはない「装飾葉」があるからこそ、マタタビは葉裏にひっそりと清楚で可憐な花を咲かせます。 ![]() 夏も盛りになる頃、マタタビが実をつけ始めました。白い葉はまだ白いままです。誘われた昆虫は、「あれ!花はどこにいったの」と思うでしょうか。 ![]() ▲
by seppuka
| 2018-07-14 12:39
| 連載 花模様
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うっすらとピンクの色彩を帯びる草花はサクラタデ(タデ科タデ属)の群生。控えめだけど美しい。 日本の秋の草花の主役はタデ科のなかまです。繚乱する秋の草花のなかにはつい見過ごしてしまう美しい花が多いのです。さあ近づいて、目立たないけど小さいタデの花の美の饗宴を味わいましょう。 ![]() 湿地に生えるサクラタデの花は直径5ミリしかありません。一つ一つの花は小さくてもサイズの合った小さい昆虫を引き寄せるために、小さな花々は装いを凝らします。 タデのなかまは花を小さく集合させて、花序全体でよく目立ちます。一度昆虫が訪花すれば次々と小さな花々を飛び渡るので、効果的に受粉できます。 ![]() シロバナサクラタデ(タデ科タデ属)の花はサクラタデよりさらに小さく、直径は3~4ミリ。湿地に生え、花穂はだらりと下がります。サクラタデと同様に、雌株と雄株が分かれる雌雄異株です。 ![]() 雌雄異株は自家受粉・受精を避けるシステム(自家不和合)です。よい子孫を残すため手は抜きません。サクラタデと同じく、雌花は雌しべが雄しべより長く、雄花は雄しべが雌しべより長いので区別できます。もちろん雄株の花は結実しません。 雌でも雄でも、白い花色は清楚で気品が感じられます。 ![]() イヌタデ(タデ科タデ属)は「アカマンマ」の名で親しまれているタデです。鮮やかなピンク色の丸い球はまだ咲いていないつぼみや咲き終わった花です。花は近づいてよく観ないとわかりません。 ![]() 花序は長くても5センチ。よく見るとピンクの穂の中に、ところどころ白く見えるのが咲いている花。長さがわずか1.5~2ミリです。よく観てください。ちゃんと雌しべが3本、雄しべが8本あります。タデ科の植物はみなそうですが、花弁のように見えるのは萼片で、花の後も残って果実を包みます。鮮やかなピンク色をしている丸い球はまだ咲いていないつぼみや咲き終わった花です。 ![]() 植物で「イヌ」とつくのは「役に立たない」との意味があります。しかし昔からイヌタデは「赤まんま」の名で親しまれ、ままごと遊びにはなくてはならない雑草でした。 しかし、はじめから観賞用として植えられてきた見事なタデがあります。オオベニタデ(タデ科タデ属)です。花序は5~10センチあり、花の構造、咲き方はイヌタデと同じです。 ![]() オオベニタデは高さ1~2mになり、茎が太く大型です。鎌倉の東慶寺では見事なオオベニタデの濃厚色の紅が庭に鮮やかな彩を添えています。草丈が高いシオン(キク科シオン属)の淡い青色との組みあわせがことのほか見事です。 ![]() タデ科ミズヒキ属のミズヒキはイヌタデとは違った花模様です。穂先が垂れ下がり気味のイヌタデのなかまとは違って、真っ直ぐ伸びる独特なスタイルです。花や果実をつけた穂は30センチほど伸び、草丈は高さ80cmほどになり、かなり大形のタデといっていいでしょう。 ![]() 花弁に見えるものはやはり萼片で4つに分かれ、4つに深く裂けています。上側の3個は赤く、下側の1個は白い。このため、花穂を上から見ると赤く、下から見ると白く見えます。これが「水引」の紅白の由来となりました。 ![]() 花穂につく小さな紅い球形は萼片に包まれたつぼみ、花、果実のいずれかです。雌しべの花柱は2個。果実はその長い花柱が残って下を向き、カギ形に曲がり、動物に引っ付きます。 ![]() イヌタデやミズヒキなどのように長く伸びた花序や花穂に紅い球(つぼみ、花、果実の集まり)をつけないで、それらを枝先に集めるタデのなかまがいます。里山に淡い紅色の花を咲かせるミゾソバ(タデ科タデ属)は枝先に10数個のツボミ、花、果実をつけます。 ![]() 花は直径がせいぜい5~6ミリ。上部が紅色、下部が白色になっていますが、花模様は株によって変化があります。どれも美しい。同じく湿地に生育するアキノウナギツカミ、ママコノシリヌグイの花穂、花はよく似ていて区別が難しい。 ![]() いずれも茎は1メートル近くあり、茎や葉には鋭い刺があることが共通しています。区別のポイントは葉です。ミゾソバは逆鉾形をしています。 ![]() ところがアキノウナギツカミ(タデ科タデ属)の葉を見ると違いは明瞭。葉は細長く、葉の基部は茎を抱いています。花は似ているのに、葉の形がこんなに違うとは驚きです。茎に下向きの短い刺があるのはこのなかまの特徴です。 ![]() 茎などの刺で「ウナギでもつかめる」という意味から名がつけられました。花はミゾソバに酷似していて、花だけでは判別がつきません。 ![]() ママコノシリヌグイ(タデ科タデ属)も花だけでは区別がつきません。ただ茎は2メートルほどで、枝分かれしながら長く蔓状に伸びるので、茎で区別できるかもしれません。 ![]() 恐ろしいネーミングのもとになった鋭い葉や茎の刺も共通でいます。違いは三角形の葉の形と、葉柄の基部に托葉らしきところに円形の葉のようなものがつくことです。 ミゾソバ、アキノウナギツカミ、ママコノシリヌグイは花を見る限り「美人三姉妹」と呼んでいいような美しさですが、刺の存在とネーミングからその命名に沿わないようです。 ![]() 鎌倉の花の寺、東慶寺には観賞用にソバ(タデ科ソバ属)が植えられているのを見て驚きました。ソバの花も美しい。茎の先端に6ミリほどの花を多数つけます。花色は白、淡紅、赤色と多様です。花弁は5枚でオシベが8本あります。雄しべの先端の葯が紅色で美しいアクセントをつけています。 ![]() 草丈は60~130センチ。一般に穀物はイネ科ですが、ソバはタデ科です。イネ科の花は風媒花で目立ちません。タデ科の花は虫媒花で、花粉の媒介はミツバチやハナアブ類等の訪花昆虫によって行われます。ソバの花は蜜源として利用もされています。 ![]() 秋に咲くタデの花は多くあります。美しい花が多いのです。一つ一つの花を小さく集合させて、花序全体でよく目立ちます。一度昆虫が訪花すれば次々と小さな花々を飛び渡るので、効果的に受粉できます。一つ一つの花は小さくても、サイズの合った小さい昆虫を引き寄せるために、小さな花々は装いを凝らします。 目立たないけど美しい「微」を味わいましょう。 秋に咲くタデの微に入り美を穿つ 1234 ▲
by seppuka
| 2017-09-29 16:59
| 連載 花模様
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光はいつも、気温にさきがけて次の季節の到来を告げるといいます。新しい年を迎えると、光の量が増えるのでしょうか。それとも、空気がクリアーだからでしょうか。さりげない風景が輝いて見えるのです。 新春の鎌倉を巡ります。寒波が次々と訪れるこの時期です。どんな花模様に出会えるのでしょうか。 まず訪れたのは、花の寺で名高い東慶寺。境内に多いウメは咲いているかなと思いながら歩きます。 ![]() 咲いていました。冬至です。ウメの原種に近いとされる野梅とそっくりの花姿。その清楚な花びらが、輝いてみえます。 ![]() 花が少ない冬、小ぶりのハボタン(アブラナ科アブラナ属)をたくさん石仏に配しました。ハボタンは寺院では藁ぽっちに添えられ植えられることが多いようです。さすが東慶寺。 ![]() まずは、鮮やかな花ならぬ葉を鑑賞します。ハボタンの作出期は、園芸ブームに沸いた江戸中期以降と見られ、縁起のよい紅白二色が好まれたのでしょう。もはや冬の彩には欠かせない古典園芸植物といえます。 ![]() ロウバイ(ロウバイ科ロウバイ属)は中国原産で江戸時代初期に渡来したといわれます。以来、正月花として珍重されてきた木花です。花の輝きを増すのが花びらの蝋分です。青空が背景にあると、一層鮮やかな花模様です。 ![]() ロウバイは冬でも訪花する昆虫がいる証の花です。虫を寄せるためで、花は香りを発します。高貴な香りがします。ロウバイの花は内側の中心部が赤茶色で、温かさも感じ取れる花色です。 ![]() ボケ(バラ科ボケ属)も中国原産。平安時代に渡来したといわれます。鎌倉時代に中国から伝来した禅宗の寺院である東慶寺に、咲くべくして咲く花でしょう。 ![]() ボケには多くの園芸品種がありますが、今咲いているのは早咲きの品種です。花色は味わい深い紅色です。世界でもトップクラスの園芸文化を展開していた江戸時代に開発されたと推定しています。 ![]() 冬に観る十月桜は透明感があり、ひときわ清楚な印象があります。マメザクラとエドヒガンの雑種で、江戸後期から広く栽培されていたといいます。こう見てくると、空前の園芸文化を展開してきた江戸時代の流れの中に、鎌倉の冬の花々が咲いているといっていいでしょう。因みに春を待たず、秋から開花するのは、開花を抑制するホルモンがないのか、効かないからと思われます。 ![]() 明月院も光の春真っ只中でした。まず目に入ってくるのがソシンロウバイ。やはり中国原産で、江戸時代に渡来したといわれます。近年ロウバイより多く見られるようになりました。 ![]() ソシンロウバイは花の内側も黄色一色で、漢字では「素心蠟梅」と書きます。ロウバイより花が大きく、色も濃く、華やかな印象を受けます。芳香も強く、花の下に香りを嗅ぐだけで、光の春を味わえます。 ![]() 「まず咲く」ことから名があるともいうマンサク(マンサク科マンサク属)が咲きはじめました。こちらは日本固有種で、古来の日本の伝統的な冬の代表的な花です。花が少ないので、じっくり観察できます。花は数個枝先などに集まって咲きます。一つ一つの花の黄色いリボン状の花びらは4個、暗紫色のガク片も4個の陣容で、春の訪れを知らせてくれます。 ![]() 有名な明月院本堂の円窓の風景は冬景色でした。しかし枯れ草色とはいえ、光に満ちた新春が感じられます。 この日は大気がことのほか透き通っているので、富士山を望めるかもしれないと思い、この後、明月院脇の道を登り、鎌倉アルプスを久しぶりに歩きました。 ![]() 30分も歩かないうちに、建長寺への分岐点へ。展望台から、富士山を拝むことができました。光の春は、富士山を観るのに格好な季節といえます。 ![]() 眼下には建長寺の伽藍が広がっています。鎌倉の寺社がいかに森の緑と一体となっているか、改めて確認しました。展望台から一挙に建長寺境内へ下っていきます。 ![]() 建長寺も穏やかな新春を迎えていました。建長寺仏殿へと連なるビャクシン(ヒノキ科ビャクシン属)の参道を歩きます。 ![]() 750年以上も生きてきた建長寺のビャクシンは、この新春も樹木全体が天に向かう意欲に溢れているように見えます。葉のついた枝はすべて上に向かって伸び、炎のような枝振りです。 ![]() 太くなった幹はねじれ、縦方向に深い皺を伸ばして曲がり、そしてうねります。どんなに齢を重ねても、生きる力に充ちたビャクシンを観るたびに、その生気を感じとり享受します。 ![]() ビャクシンは雌雄異株であり、2月頃から、雄花、雌花を咲かせます。まずは雄花が開花を迎えようとしています。ビャクシンが光の春を享受しているように見えます。 ![]() ▲
by seppuka
| 2017-01-19 17:17
| 連載 花模様
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日本の山野には野生のアジサイが多く見られます。野生のアジサイの花序はふつう花序(花の集合)の中心部には小さな両性花が集まってつき、その周囲を装飾花が取り囲みます。すでに、野生のアジサイであるヤマツツジ、ガクアジサイで見てきたとおりです。 夏、那須の谷川沿いにノリウツギ(アジサイ科アジサイ属)が咲いています。サワアジサイ(沢あじさい)とも呼ばれるヤマアジサイと雰囲気が似ています。 ![]() 那須の茶臼岳の岩場にもノリウツギが進出しています。日光、那須、浅間山周辺など、火山の周辺ではどこでも見られます。別名サビタはアイヌ語です。北海道でも育つアジサイです。 ![]() 高山にあっても、夏に花を咲かせます。装飾花は白色で、花びら(萼片)は3~5個あります。両性花も白色で、厳しい環境でも美しく咲くアジサイです。 ![]() ガクウツギ(アジサイ科アジサイ属)も関東地方以西、九州の山地の沢沿いに生育します。新宿御苑でも見ることができます。花期は早く、5月から6月にかけて咲きます。素朴なアジサイです。 ![]() 装飾花は最初うっすらと黄緑色を帯びますが、純白となります。花びら(萼片)は3個あるのが特徴です。日本固有種のアジサイらしく、清楚です。野にあるがゆえの美しさです。 ![]() 低木のアジサイのなかまは、高木の多い森林では生育場所が限られます。そこでイワガラミ(アジサイ科イワガラミ属)はつる性を獲得しました。幹や枝から気根を出して、隣の高木に這い登ります。全体に葉や花をつけるので、光条件はよくなり、花の昆虫に対するアピール度は上がります。 ![]() 花序としての基本構造はアジサイ属と共通です。ただし装飾花の花びら(萼片)は1枚となりました。それでも白色の装飾花は弱い光もよく反射させます。集合花としての美しさも十分です。 ![]() ツルアジサイ(アジサイ科アジサイ属)の花序もアジサイの基本形どおりです。装飾花の花びら(萼片)は3~4個で小花(両性花)の花弁は黄色にしています。集合花としてどのような配色にするか知恵を絞っているように思えます。高木に這い上がり、その幹を覆うようにして葉と花序を広げます。 ![]() エゾアジサイ(アジサイ科アジサイ属)は北海道から東北の日本海側に生え、花序はヤマアジサイより全体に大形で、直径はヤマアジサイの2倍近くあります。それでも、ヤマアジサイの寒地適応型のように見えます。装飾花は淡青色から青色で、まことに美しい色合いです。月山山麓でこのアジサイと出会ったときは、非常に幸せな感情が湧きました。その美しさは山にあってこそ。 ![]() 夏の谷沿いの道を歩いていると、青紫色の亀裂が入り、今にも破裂しそうな大きな丸い球を見かけることがあります。それはタマアジサイ(アジサイ科アジサイ属)の蕾です。苞に包まれ玉状になっています。 ![]() そして、玉状の蕾が裂けるように開花していきます。次々と球は裂け、青紫色の花序が四方に盛り上がるように咲いていきます。夏の花らしくエネルギッシュです。 ![]() 花は、ヤマアジサイやガクアジサイより遅咲きで、淡紫色の小さな両性花の周りに花弁4枚の白色の装飾花が縁どります。一つ一つの小花(両性花)の発色がまことにきれいで、それらが集まることによって輝きます。ここでは、装飾花はここでは添え物のように見えます。 ![]() 山地には装飾花をつけないアジサイがあります。コアジサイ(ユキノシタ科アジサイ属)です。花序は小さな両性花の集まりです。周りに装飾花はありません・山地の沢沿いの斜面や林縁に生育する日本固有種です。都内では東御苑などで見られます。 ![]() 小花(両性花)の直径はわずか4ミリ、その中にちゃんと雄しべが10個あり、雌しべを囲んでいます。それぞれの小花どうしは接触することなく、一定の秩序のもとで、開花期を合わせ一斉に咲いています。一つ一つの花は小さく、あまり美しさは感じません。 ![]() ところが、数えきれないほどの多くの小花が集まって咲いている様は輝きにみちた美しさがあります。まるで渡り鳥が集団で飛んでいる群れの姿、無数のイワシがボール状に群れをつくり遊泳する姿とも似ています。 ![]() 装飾花がなくてもこれなら目立ちます。コアジサイは両性花だけで花序を形成しました。 生物の進化の上で、1個体では大した行動はできないが、集まれば集合体として予測や説明できないような新しい特性が生み出されることを「創発」と呼びます。数えきれないほどの小花を咲かせ、昆虫にアピールするコアジサイは、1個体で創発的な行動をしています。コアジサイは装飾花なしで、集合して輝く道を選びました。 ![]() 装飾花があるガクアジサイの小花(両性花)の集合を見てみましょう。開花している花はいつも一部で、時間をかけて順次咲いていきます。一斉に咲かないので、両性花だけでは目立ちません。そこで昆虫へのアピールが少ないと判断したのでしょう。装飾花を配したのでした。 ![]() 野生のアジサイは進化の過程で、高度な花模様を展開してきました。集まった小さな両性花の一部は大きな装飾花に変身しました。美しいとも思えないような両性花が集まって一斉に咲くことによって、輝く美しさを獲得しました。 野生のアジサイの美の系譜をたどると、私はその花模様に、「よりよく生きる能力」つまり知性を認めます。様々な環境に適応しています。なによりも、ミツバチのみならず私をも人をも喜ばし、繁栄の道を歩んでいます。 ![]() ▲
by seppuka
| 2016-06-30 14:19
| 連載 花模様
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雨の日でもアジサイは輝いて見えます。私はこれまで、そう見えるのは気のせいかなと思っていました。ところが最近、「輝き」を感じる時は「小糠雨から小雨の日で、空は薄い雲に覆われていて、今にも日が差すような明るい昼間」が多いことに気づきました。 ![]() そもそもガクアジサイ(アジサイ科アジサイ属)のなかまは輝いて見えます。海岸沿いに咲くガクアジサイの自生種は、葉も花(装飾花)も潮風に負けないよう厚く、強烈な紫外線に負けないようワックスをかけたように「てかてか」しています。 ![]() 小糠雨のような弱い雨の下では、装飾花の花びら(萼)に霧吹きをかけられたように小さい雨滴が付着します。装飾花はもともと光の反射率が高く、それらの小さな水の粒が光を乱反射させます。輝いて見えるのはこれら「雨滴による乱反射」ではないか、そう思ったのです。 ![]() ガクアジサイは色の魔術師です。花序全体が水色から青紫色、藍色に染まり、見事に発色しています。これらの色はアントシアニンという色素とアルミニウムイオンと結合して発色されます。アルミニウムは酸性の土壌ではイオン化しやすく、根に吸収されやすくなり青色系の発色をします。もちろんはじめから赤い装飾花を咲かすガクアジサイもあります。アルカリ性土壌ではアルミニウムはイオン化しづらく、花色はピンクになります。 ![]() ガクアジサイはヤマアジサイと同様に、花色が移ろいます。花を構成する細胞の中にある液体(液胞)の酸性度によっても赤くなり、あるいは青くなるからです。 ヤマアジサイ同様、ガクアジサイの色合いも移ろいやすく、様々な園芸品種が作られました。 ![]() 装飾花が青色で、小花(両性花)が青いガクアジサイも日本の梅雨の風景の中、輝きを見せています。赤色と青色はほぼ補色の関係にありますから、この組み合わせは色コントラストが強く目立つのです。 ![]() ガクアジサイは装飾花が大きく昆虫に対するアピール効果も大きいでしょう。花序の周りの装飾花と中心部にたくさん集まる小花(両性花)たちの組み合わせが絶妙です。 ![]() 中心部の小花(両性花)の花弁はわずか3ミリしかありません。それでもちゃんと雄しべは10本、雌しべが3~4本あります。花色は装飾花に合わせて青紫色になっています。中心部の雌しべの基には蜜があります。 ![]() 装飾花で誘われた昆虫は、近づくと大きな装飾花に目もくれず、小花の両性花に辿り着きます。小さな小花の蜜を吸いながら渡り歩き、たくさんの花粉を身に纏っていきます。すでに花粉を身につけて訪花した昆虫は花粉を次々に雌しべにつけ、多くの小花は首尾よく受粉します。 ![]() 江戸時代にシーボルトをはじめ日本を訪れた西洋人は、大形の美しい花(花序)を咲かせるガクアジサイに着目しました。日本原産のガクアジサイはイギリスに渡り、園芸的改良を施されました。そして、生まれ変わって日本に戻ってきました。その後、瞬く間にガクアジサイを凌駕するほどの広がりを見せたのです。 日本ではセイヨウアジサイと名づけられましたが、いつの間にただ「アジサイ」と呼ばれるほどになりました。今では、ガクアジサイと並んで日本の梅雨の風景を彩ることになったのです。 ![]() その「セイヨウアジサイ」の花序は、なんと小花(両性花)はなく、装飾花だけに覆われていたのです。両性花がなければ種子による繁殖はできません。増やすのは挿木によるクローン繁殖によります。 ![]() ガクアジサイは交配が容易だったため、様々な花色のセイヨウアジサイが誕生しています。土壌の酸性度や土壌中の肥料分の違いによって、花色が微妙に変化するため、ベルギーやオランダ、フランスを中心に多くの品種が作られました。 ![]() 咲きはじめは、葉緑素が抜けず緑色。そして青色へ、また赤色へと移ろう花模様はアジサイならでは。移ろいそのものに美しさを感じます。 ![]() 一方、小花(両性花)の集合を装飾花が囲む従来のガクアジサイも園芸的な展開を見せます。セイヨウアジサイのようなボリュームで見せるのではなく、装飾花をいかに印象的に見せるか。 金平糖は装飾花の花びら(萼)を八重にして、花に白い縁取りをしました。覆輪です。 ![]() スミダノハナビ(隅田の花火)は樹木全体に花をちりばめるアジサイの人気種です。全体的にボリューム感がありますが、風情も感じ取れます。 ![]() もちろん装飾花も両性花もあります。まずは薄青色の装飾花を八重にして、その柄を長く垂れ下がらせました。花序全体を見るとたしかに花火のようです。こういう咲き方をすると、アジサイ(セイヨウアジサイ)の大きく丸い球のようなボリューム感はありませんが、繊細な華やかさを振り撒きます。 ![]() 2008年あたりから、よく目にするようになったガクアジサイの園芸品種であるダンスパーティ―。なるほど、淡いピンクの装飾花が踊っているようです。装飾花は細く多く、八重咲きです。華やかな趣に加えて、細弁のスッキリとした気品を与えています。コサージュにしたいくらいです。非常に人気が高いのも理解できます。 ![]() ハワイアン・ストロベリーの色合いは絶妙です。赤紫色の大きな花びら(萼)が重なり合い、その中央は藍色で、さっと藍色を花びらに撫でつけたようなぼかしがあります。 ![]() 国際的な華麗な展開を見せるガクアジサイですが、最近、新しいガクアジサイの自生種が八丈島で発見されました。八丈千鳥と命名されました。1997年頃のことです。大形のガクアジサイで、装飾花の花びらは細く長く八重です。それほど華やかさはありませんが清楚で、きりっとした佇まいです。ガクアジサイの美の系譜にまた、個性的なアジサイが加わりました。 ![]() 次回は アジサイの美系譜3、様々なアジサイをお伝えします。 ▲
by seppuka
| 2016-06-26 17:42
| 連載 花模様
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雨の日でも、いや、雨の日にはひときわ鮮やかに咲くアジサイの花。まさに、梅雨時に輝く日本の花です。 そもそもアジサイの美しさはどこから来るのでしょうか。 梅雨時に咲くアジサイのなかまは、ヤマアジサイ系、ガクアジサイ系、そして欧米系の園芸品種のなかまに分けられます。 梅雨のこの時期、3回にわたってアジサイの美しさの系譜をたどります。 ![]() 日本の代表的なアジサイ、ヤマアジサイ(アジサイ科アジサイ属)は別名をサワアジサイといい、山中の沢筋などに自生します。海辺に自生するガクアジサイに比べ一回りくらい小形です。全体的に華奢な感じがします。 ![]() 花はガクアジサイと同様、額縁型です。周辺の大きな花は虫を呼び込む装飾花で、花弁ではなく萼が発達したものです。 七変化と呼ばれるように花色の移ろいは繊細です。花色は白色から淡青色に、さらに淡紅色に変わります。また、萼(花びら)は八重になるなど変異性に富んでいます。このため多くの変種(自生種)が生まれました。また、様々な園芸品種が、このヤマアジサイを親として作られました。 ![]() 装飾花には種子ができません。種子をつくるのは中心部にある多数の小さな花(両性花)です。よく見るとちゃんと萼(花びら)が5個、雄しべ10、雌しべ3があります。 ![]() ヤマアジサイのなかまを観ていきましょう。 ヤマアジサイの園芸品種であるベニガクは江戸時代から知られた紅花です。ヤマアジサイの雰囲気が伝わります。花も葉も小形で端正で上品です。 ![]() 花色はヤマアジサイの「移ろい振り」を発揮して次第に紅色を帯びていきます。 虫の目からみると、この赤が濃くなる「移ろい」は花の成熟度が増し、蜜が多く出るというサインとなります。人の目から見れば、やがて紅色に覆われる発色の移ろいに情緒を感じ取ります。こうした花模様を楽しむ感覚は、移ろいゆく季節に生活してきた日本人の感受性と重なります。 ![]() クレナイはヤマアジサイのなかまを代表する個性豊かなアジサイです。長野県飯田市の伊那谷の峠で見つけられ、増やされて広まったという説があります。真偽は確かめられませんが、いずれにしろ、山中で偶然見つかり、栽培、改良されたのでしょう。 ![]() 初めは白色で咲き出し、次第に紅色に変わります。花が小さく、愛らしく清楚です。鮮やかな赤色はまさに「紅(クレナイ)」の名に相応しい。 ![]() クレナイは色が赤く、花びら(萼)がとがった感じですが、桃花ヤマアジサイはやわらかいピンクの花びら(萼)が可愛いヤマアジサイの園芸品種です。「桃花」にふさわしく、こちらは丸っこくてあくまでソフトです。ヤマアジサイという原種から様々な園芸品種が登場しています。 ![]() ヤマアジサイの花色 が濃い青色になったクロヒメアジサイ。「クロヒメ」は信州の「黒姫」ではなく、「黒いヒメアジサイ」という意味だそうです。コバルトブルーの中心部の小花が味わい深い。山にひっそりとたたずむヤマアジサイの雰囲気を映しています。 古来、濃い紺を「黒」と呼んでいたといいますから、園芸の歴史はかなり古いかもしれません。野趣に富み、味わいのある品種です。 ![]() 高知県産のヤマアジサイの園芸品種である土佐美鈴。装飾花の花色は澄んだ薄青色で、中心部に集まった多数の小さな花(両性花)は輝くような青色をしています。ことさら華やかさを強調することなく、心に染み込んでくるような花色です。ヤマアジサイの園芸品種の奥深さが感じられます。 ![]() 日本特産種のアマチャはヤマアジサイの変種の一つです。全国で栽培されています。 一つ一つの装飾花の花びら(萼)は丸く、重なり合っているので、全体が一つの花のように見えます。装飾花が青色のアマチャはヤマアジサイと雰囲気が似ています。 ![]() 紅色を帯びた装飾花をつけるアマチャ(甘茶)もあります。花色に関係なく葉を乾燥し発酵させたものを煎じると甘茶ができます。砂糖が高価だった時代に、この甘いお茶は貴重でした。江戸時代から、花祭りにはお釈迦様の立像に、この貴重な甘茶をかけ、潅水して祝ったのでした。 ![]() ヤマアジサイは花色を変え、「変化」した品種を多く生み出しましたが、装飾花の構造も変えていきました。花びら(萼)を上下に重ねる八重咲きの花が登場しています。 七段花の和名の由来は、萼片が七段に重なるというところからきています。 ![]() 七段花はヤマアジサイの品種です。その栽培の歴史は古く、江戸時代に栽培され、シーボルトの『日本植物誌』でも紹介されていました。ところが明治以降その存在が不明になり、幻の花となっていました。ところが、57年前の1959年、神戸の六甲山に自生しているのを発見されました。現在、七段花のような八重咲きの品種が数多く見られるようになりました。 ![]() 2016年4月大地震に見舞われた、熊本県益城町の名を冠する益城花八重です。紅色の装飾花の花びら(萼)が重なり、華やかさの中に落ち着いた味わいを醸し出しています。八重咲きの園芸品種はこれからも増えていきそうです。 ![]() ヤマアジサイの園芸品種は花序全体の形も様々です。天使のえくぼは花序にまとまりがあり、花序全体が立体的です。小形ですが、可愛くも美しい花姿です。 ![]() 立体化が進むとボール状に行きつきます。愛媛県産の秋篠手毬はテマリ咲きのヤマアジサイです。小花の両性花はなくなり、すべて装飾花に覆われています。ガクアジサイ系のセイヨウアジサイに形状は似ていますが、雰囲気がヤマアジサイです。ふくよかなテマリ咲きで、咲き始めは緑色から白色へ、そして薄青色へと花色が変化します。 ![]() 古来、アジサイは七変化と呼ばれてきましたが、さらに絞るとそれはヤマアジサイのことだったかもしれません。「変化(へんげ)」はヤマアジサイの存在のあり方といえます。そうした移ろいが日本人の感性をゆすぶってきたのです。 ![]() 次回は アジサイの美系譜2、ガクアジサイをお伝えします。 ▲
by seppuka
| 2016-06-23 18:13
| 連載 花模様
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初夏の頃、那須の森は柔らかな新緑で装い、やさしい色に充ちています。この新緑の色が萌黄色と呼ばれます。よく見ると色調には微妙な階層があることに気づきます。 ![]() 森の主要な樹種の一つコナラ(ブナ科コナラ属)を覆う色彩は、緑色とも黄色ともいえない微妙な色合いです。色彩を構成するのは、弾けた冬芽から飛び出した幼い葉(幼葉)です。 ![]() 冬芽から飛び出し展開し始めた頃のコナラの幼葉は白く細い毛に覆われ、薄っすらと赤色を帯びています。日差しなどから受けるストレスの防御のためと思われます。 ![]() まもなく葉から薄赤色は消えます。葉を覆う白色の毛が目立つようになり、「柔らかさ」が醸し出されます。やがて白い毛は脱落、幼葉は萌黄色になります。幼葉の展開はタイムラグがあり、1株のコナラに様々な段階の葉色が現れます。同色の絵の具で塗ったような均一さはなく、繊細な萌黄色が展開します。 ![]() 那須の拙宅、石風花亭のブナ(ブナ科ブナ属・コナラと同属)の幼葉を観てみます。やはり白い毛に覆われていますが、鮮やかな萌黄色を発色しています。ブナの幼葉の美しさは格別です。 ![]() ホオノキ(モクレン科モクレン属)の冬芽を覆っていた赤い芽鱗から出た幼葉はすでに大きく、萌黄色の葉色になっています。 ![]() やがてホオノキが幼葉を広げていくと緑色が濃い目の葉色となります。ホオノキの葉の伸び方は力強く、初夏の森に躍動感を与えてくれます。 ![]() 再び森を眺めてみます。樹木によって緑色から黄色の萌黄色の色合いの変化が楽しめます。浅黄色~萌黄色~淡緑色の変化ある諧調が新緑の森の大きな魅力になっています。 この萌黄色をキャンバスとして、どのような花模様が展開しているのでしょうか。 ![]() 那須の低山の落葉樹林帯でこの時期開花する樹木はツツジのなかまが多く見られます。代表的な樹種はアカヤシオ、シロヤシオ、ヤマツツジ、ミツバツツジです。板室温泉の園地にはアカヤシオとヤマツツジも咲いています。 ![]() アカヤシオ(ツツジ科ツツジ属)の透き通ったピンクの花色は萌黄色の森によくマッチしています。那須に咲く初夏の花の中でも美しさが際立ちます。 ![]() ヤマツツジ(ツツジ科ツツジ属)は初夏の那須を代表する樹木です。濃い赤橙色の花は萌黄色との色のコントラストが強く、心に残る花色です。しかし、那須の初夏を彩る赤系統の花は多くはありません。黄色の花を咲かせる樹木はヤマブキなどが見られますが、ごく少ない。 ![]() じつは、この時期咲く樹木の花は白色がほとんどです。那須の山麓にある拙宅(石風花亭)とその周辺に咲く花を見てみます。庭ではシロヤシオ(ツツジ科ツツジ属)が毎年花を咲かせます。シロヤシオが咲く頃は那須の最高の季節と感じます。葉が5枚枝先に輪生するのでゴヨウツツジとも呼ばれます。 ![]() 初夏の那須を象徴する清楚な白花です。ところで、花が白く見えるのは白い光を反射するから白く見えるのはありません。白花の中にたくさんの空気の泡があり、この空気の泡が光を乱反射して白く見えるといいます(岩科司『花はふしぎ』)。 ![]() シロヤマブキ(バラ科シロヤマブキ属)は黄色い花を咲かすヤマブキと同じくバラ科ですが、ヤマブキの白花品ではありません。格調ある白花色です。 それぞれ白花を咲かせる種によって、空気の泡の含まれ方が異なり、乱反射の具合に違いが出て、様々な白色を発色させます。 ![]() ニガイチゴ(バラ科キイチゴ属)が白花を上向きに咲かせています。この時期咲くバラ科の樹木はシロバナが圧倒的に多いようです。 ![]() モミジイチゴ(バラ科キイチゴ属)はニガイチゴと違って花を下向きに咲かせます。花粉を媒介する昆虫のうち、下向きの花に潜り込めるのはホバリングの飛行ができるミツバチです。 ![]() ウワミズザクラ(バラ科サクラ属)は高木で樹高は15メートルを超します。森や林にポツリポツリと点在するので、昆虫は飛翔能力が高いことが求められます。 ![]() じつは大多数の白い花にはフラボノイドという化学物質が含まれています。フラボノイドに反射された光は可視域の光ではありません。わずかに紫外線の帯域に入ったところの光を反射しているからです。人間には見えませんが、ミツバチにはよく見えます。この反射光が特にミツバチなどの昆虫を花へと誘引します(岩科司『花はふしぎ』)。 ![]() 森が萌黄色に染まるころ、ミツバチは最も旺盛な吸蜜活動を行う季節を迎えます。樹木は様々な白花を咲かせ、そのミツバチを誘います。 ![]() ▲
by seppuka
| 2016-05-09 17:41
| 連載 花模様
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ソメイヨシノが咲きはじめる頃、四国は松山を訪れました。町の中心美の小高い山の頂に、忽然と美しい城郭が姿を現します。 ![]() 天守閣のある本丸の園にはソメイヨシノが路の両側に数本ずつ植栽されています。ソメイヨシノで覆い尽くすような雰囲気ではありません。訪れたときはまだ3分咲きといったところでした。 ![]() ソメイヨシノの群咲きはそれなりに圧倒されるような美しさがありますが、それだけがサクラの観賞の方法とは思いません。一本のサクラでも、一つの花でも美しさを感じ取れます。 ![]() もともと伊豆諸島に自生するオオシマザクラもここ松山で咲いていました。多様なサクラを同時期に観賞できるのはうれしいことです。 ![]() コヒガンが満開です。江戸初期から広く栽培されてきたサクラです。江戸時代から天守閣を彩ってきたのはこのサクラではないかと推定しました。 ![]() コヒガンはマメザクラとエドヒガンとの種間雑種といわれています。花は大きくはないが、きりっとした花模様で品格があります。 ![]() 丸の内の道沿いにはヨウコウ(陽光)が植栽されています。愛媛県の高岡正明さんにより、カンヒザクラにアマギヨシノを交配して作られた栽培品種です。 ![]() この時期咲くヨウコウの美しさには息を飲みます。元教師だった高岡さんは、送り出した教え子たちが戦場に散ったことを悼み、25年ほどかけて作り出したサクラです。作者は「平和のシンボル」として各地に贈り続けました。 ![]() 戦後に生まれ、平和への想いをこめて咲くヨウコウが平和な春を謳歌しています。最近、日本を覆うきな臭い風の流れの中で、ひときわ輝きを見せる愛媛生まれのヨウコウです。 ![]() サクラだけではありません。本丸には様々な花々が咲いています。たとえばアベマキ(ブナ科コナラ属)。雄花をたくさん垂らしています。風媒花ですが、なぜかメジロが来ていました。多様な花模様の展開は、日本の原風景に連なります。 ![]() 本丸を頂く斜面は自然林に囲まれています。コジイ、アラカシ、クスノキなど常緑樹が多いようですが、落葉樹も散在しています。 ![]() 常緑樹が強風や病気などで倒れ、その後できるギャップ(隙間)にいち早く進出するのがヤマサクラなど落葉樹です。城郭斜面では自然に生え、成木となって花を咲かせるヤマザクラを観ることができます。 ![]() もともと、森の中ではヤマザクラは群れて咲くことはなく、点々と散在していました。ソメイヨシノの白色の一様な花模様と違って、ヤマザクラの花の美しさは一様ではありません。 ![]() ソメイヨシノは葉が出る前に咲きますが、ヤマザクラは花と紅い葉が同時に展開します。この赤い紅色の葉が、ヤマザクラの花模様に変化を与えるのです。 ![]() 堀端には柔らかに花のような葉を纏ったシダレヤナギが(ヤナギ科ヤナギ属)多く見られます。中国原産ですが、古くから日本にあり、石川啄木の歌のように日本の春の原風景を構成してきたヤナギです。堀端には立派な樹形をしたシダレヤナギが春、その存在感を誇示しているように見えます。 ![]() 堀端の樹木で、葉をまだ落としたままの落葉樹のエノキやケヤキなどに、大きな丸い緑の球を茂らせた木が多いのに驚きます。この黄緑色の球の正体はヤドリギ(ヤドリキ科ヤドリギ属)で、半寄生の常緑樹です。早春に黄色い花を咲かせ、特に目立ちます。これも春の風景の一部でしょう。 ![]() 松山は春です。だからコブシ(モクレン科モクレン属)が当然のように咲いています。花のすぐ下に葉を一枚つけて咲いています。北国の花と思われがちですが、もちろん松山でも咲いています。 ![]() シデコブシ(モクレン科モクレン属)も咲いています。東海地方の一部しか分布しないコブシですが、花模様が繊細です。松山でも多く見かけました。 この城郭とその周辺にはソメイヨシノに溢れた春ではない春があります。 ![]() いつの間にか私は春の真っただ中にいます。その春はソメイヨシノの白色の花に覆われた春ではありません。それは多様な花々を味わえるもう一つの春です。 ![]() ▲
by seppuka
| 2016-03-31 09:57
| 連載 花模様
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イチョウ(イチョウ科イチョウ属)は長寿であり、成長すると巨木になります。巨木がほぼ全面的に黄葉すると、圧倒的な晩秋の色彩を放ちます。新宿御苑にはそうしたイチョウの巨木が多くあります。 ![]() 晩秋にイチョウの存在感が大きいのはその輝きのスケールの大きさかもしれません。日本庭園から見る大イチョウは秋空に映えて感動的です。イチョウ植物のなかまは、1億年前に繁栄し、そのうちのたった一種が生き残った現存種です。恐竜が闊歩していた時代を想像させる晩秋の風景です。 ![]() イチョウは秋の深まりとともに緑色を帯びた明るい黄色に変わります。そして晩秋、陽光を目一杯にはね返す鮮やかに黄葉します。順光で見る黄葉は明るく鮮やかな葉色です。 ![]() 光を透した葉は黄金色に見えます。晩秋の風景に躍動感を与えます。1億年も磨きをかけた輝きです。 ![]() メタセコイア(スギ科メタセコイア属)もイチョウと同様「生きた化石」といわれます。下ノ池の畔には紅葉樹を従えるように立っています。長く生き続けてきた存在感が感じられます。 ![]() 黄葉か紅葉か判断が難しい色ですが、黄色やサーモンピンク、赤褐色が混ざった微妙な色合い。ともあれ、個体によっては美しい発色をします。イチョウと並んで晩秋の色彩を構成している種です。 ![]() 日本庭園入り口に名物のアベマキ(ブナ科コナラ属)も黄葉しています。晩秋、葉は黄色から黄褐色に色づいて散ります。コナラやクヌギのなかまは黄葉する樹種が多く、晩秋の色彩である黄色のベースを構成する樹種になります。 ![]() コナラやクヌギなど黄葉する樹木が多い雑木林に貴重なアクセントをつけるのが紅葉です。緑色から黄色、そして赤褐色から紅葉へと林は美しい階調を帯びています。雑木林の晩秋の色は一様ではありません。 ![]() 紅葉樹の中でもオオモミジ(カエデ科カエデ属)の紅色は格別です。もともと山地に自生するオオモミジの葉は真紅に紅葉します。葉はイロハモミジよりやや大きく、小さな鋸歯が細かく並ぶ端正な葉をしています。 ![]() オオモミジは日本庭園などに多く植栽されています。黄葉がベースになった新宿御苑でも、日本庭園をはじめ各所で真紅の輝きが見られます。 ![]() そうした紅葉に負けずに大きな黄葉を広げるハクモクレン(モクレン科モクレン属)の大木。紅色と黄色の鮮やかな競演です。春には大きな白色の花を樹木一杯に咲かせるハクモクレンですが、晩秋も私たちを黄葉で楽しませてくれます。 ![]() 結局日本の「紅葉」は緑から黄色そして紅色のバリエイションの中にあります。イロハモミジ(カエデ科カエデ属)はそうした色の移り行きを1本の樹木で表現する、極め付きの紅葉樹木です。 ![]() イロハモミジの葉はオオモミジより多彩に紅葉します。1本の樹木の葉は緑から黄色、そして紅色へと変化します。しかも、同時に緑色から紅色までの階調が見られます。 ![]() 夕方、斜光を浴びたイロハモミは黄金色で、発光体のように光ります。一瞬の輝きです。 ![]() ケヤキ(ニレ科ケヤキ属)は日本の代表的落葉高木のひとつです。すんなりのびた幹から扇を開いたように枝を広げた姿が美しく、各地で大木があります。新宿御苑でもイギリス風景式庭園の端に大木があり、晩秋、短い紅葉時期を迎えていました。 ![]() ケヤキは秋になると葉は黄色から赤に染まりますが、すぐ褐色になります。このケヤキの大木は黄色から紅色への階調を纏っていました。イロハモミジのように鮮やかではありませんが、味わい深い錦繍です。 ![]() イイギリ(イイギリ科イイギリ属)がこの秋もたわわに紅い実をつけています。真っ赤な実をブドウの房のように枝からぶらさげ目立ちます。 ![]() 大きな葉は美しく黄葉し、その下に垂れ下がる紅い実。秋にイイギリは俄然、存在感を増します。果実は液果で、小鳥の好物になっています。種子は小鳥によって散布されます。そして、春には芽生えがあるかもしれません。 晩秋から初冬にかけて、紅色は豊かさの表現でもあります。晩秋の新宿御苑を歩きながら考えました。「人の晩秋の色は何色か」と。 ![]() ▲
by seppuka
| 2015-12-15 09:32
| 連載 花模様
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8月下旬、レンゲショウマの咲く頃、御岳の群生地に行きました。ケーブルカーの御岳山駅を降りると、すぐ上方に群生地である富士峰園地があります。深山の雰囲気があり、湿り気のある森にレンゲショウマが群生しています。 ![]() レンゲショウマ(キンポウゲ科レンゲショウマ属)は日本特産の1属1種の花です。高さは80センチ程度。湿り気のある林の中や木陰などで自生します。 ![]() ペンダントライトを吊るしたような花です。赤みを薄っすらと帯びた光沢のある気品あふれた花です。花弁は二段構えで上下に並んでいるように見えますが、上の花弁のように見えるのは萼(がく)です。 ![]() 花の真上から見ると、上段にある萼の美しさは驚くほどです。花弁と同様、昆虫にアピール度が高く、美しい萼は「花びら」と呼んでいいでしょう。 ![]() 萼の下に花弁が円形に並んでいます。赤紫の淡い色彩はきらびやかではなく控えめで、いかにも日本固有種にふさわしい。花弁の中には2~5個の雌しべとたくさんの雄しべがあります。下向きの花を訪れる昆虫は、ホバリングができるハナバチなどに限られるでしょう。 ![]() 御岳の富士園地には、およそ5万株のレンゲショウマが生えているといいますが、たわわに花を咲かす草花ではないので、群生の華やかさはありません。それでも強く惹きつけられるのは、この花の持っている佇まいにあります。薄暗い森で輝く「灯り」のようでもあります。 ![]() 訪れるカメラマンは多く、思い思いにカメラを向けています。撮影に適する天候は曇りか、霧雨がよく、晴れた日はコントラストがきつくて、よくないといいます。そういえば、時折霧が下がってくると一段とレンゲショウマは輝いて見えます。 ![]() やや暗い森には、レンゲショウマ以外に様々な秋の草花が咲いています。目立つのはモミジの葉のように裂ける大きな葉を持つモミジガサ(キク科コウモリソウ属)。草丈は50センチを超えます。 ![]() 茎の先に細い花序をつくり、白色の頭花をつけます。頭花は5個の小花からなり、花は筒状。花色は白色で、わずかに紫色を帯びます。ヤブレガサのなかまや、モオミジガサが属すコウモリソウのなかまに共通している花姿です。近づいて観ると、結構美しい花です。 ![]() オクモミジハグマ(キク科モミジハグマ属)もかなり目にする大型の草花です。葉は浅くモミジのように裂けています。 ![]() 花冠は白色で細く5裂するので「ハグマ」の名がついています。「はぐま」はヤクの尾の毛で、払子に作り仏具とします。茎の先の頭花には3個の小花を咲かせます。モミジガサと同様、よく観ればなかなか味わいのある花ですが、薄暗い森で輝くような存在感はありません。 ![]() 富士峰園地を抜け、御嶽神社へと山道を歩きます。産安社(うぶやすしゃ)が現れます。周囲にはいわれのあるスギやヒノキの古樹や巨木が多く生えていて、感動的な風景が広がります。ここは古来、修験の地でもありました。 ![]() 山路を歩きながら下を見るとノブキ(キク科ノブキ属)が生えています。葉はフキに似ていますが、葉柄には翼があり、薄くて大きく地面に広がります。ふつう気づかないような小さな花が咲いています。 ![]() 夏から秋にかけて花茎を形成し、順次花を咲かせています。頭花はまわりに雌花、中心部に両性花があり、両性花は結実しないといいます。近づいてよく見ると、観賞に値する美しい花の集まりです。 ![]() イヌトウバナ(シソ科トウバナ属)もつい見過ごしてしまうような小さな花を咲かせています。山地の木陰に生え、茎の高さ30センチほどです。 ![]() 初秋から咲く花です。茎頂に短い花序がふつう1個つき、まばらな感じで咲いています。花はやや淡紫色を帯び、花の長さ5ミリ程度。花はいかにもシソ科の花の形です。 ![]() ワレモコウ(バラ科ワレモコウ属)が秋の到来を告げています。御岳で見るワレモコウは鮮やかです。ワレモコウの頭花が一つ一つの花の集まりということがよく分かります。花びらはすべて萼で、花色は長持ちします。山路や参道で見る初秋の花は、目立たなくとも味わいがありました。 ![]() 山路を登り、秋の草花を辿るうち、武蔵御嶽神社に着きました。狼が狛犬となり、社を守っています。折しも霧があたりに流れてきます。修験の場でもあり、荘厳な空気が流れています。 ![]() さらに奥に狼を祀る大口真社のある庭園に、レンゲショウマが咲いています。引き締まった雰囲気の中、レンゲショウマの花々が映えて見えます。 ![]() ここで思いつきました。 レンゲショウマは、修験の場である薄暗い森で輝く灯明ではなかったかと。 ![]() 地元観光協会の一部で、「レンゲショウマの花を楽しめるのはは8月一杯で、9月は咲かない」などという人がいますが、9月1日現在、満開状態は続いています。おそらく9月中旬までは楽しめます。 ▲
by seppuka
| 2015-08-31 09:12
| 連載 花模様
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